Que Sera Sera!

Joy English Academy 60-Year Anniversary is only 10 years away!

Que Sera Seraは、ヒッチコック映画『知りすぎていた男』The Man Who Knew Too Much(1956)で重要な役割を果たす曲ですが、歌うドリス・デイが子供っぽくて気に入らなかったとか。
 「なるようになる」What will be will be.という意味で、何とアカデミー賞を受賞。そしてデイの代表曲signature songになりました。The future’s not ours to see.
 日本でも大ヒットし、「ま、先のことはわからない、ケセラセラだよね・ですよ」のように慣用句として(ぼくにも)使われました。
 イタリア語でChe sarà, sarà.、スペイン語でLo que será, será.と表しますが、アメリカの観客はCheよりQueに馴染みがあるので、スペイン語のLoをカットして作られたのが、この伊西混合フレーズです。

おっと、Mrs. Green Appleという名のグループによるヒット曲「ケセラセラ」(2023)にも使われているのだね。ヒッチコックのおかげもあって、フレーズ67周年、かな?(こちらの曲では、どんなに辛くても運を天に任せて、という響きあり。)

では、JOY60周年はというと? もうひとつのフレーズで、If fate allows.

JOY English Academy50周年記念のイベントが終わって

過去のJOYアニバーサリーは、30周年、40周年と、事情で出席できず、今回のように4名が集まったのは20周年以来のことでした。講演も笑い多き中、無事終了。

約束をやっと果たすことができて帰宅した翌日、食卓にカミさんの焼いたパンがのっていました。

JOYはここにもあったのかと画像を浦島さんに送ったところ「サイコー! 食べたい!」というコメントが。
JOY—いい名前ですね!

JOY アカデミー50周年イベントに参加しました

10月10日に記念パーティー、10月11日に講演とQ&Aの「夢の英語学校」が行われました。

左から:北の大地の大自然体JOYアカデミー学院長浦島久さん 杉田敏さん、yours truly、大杉正明さん

大忙しの英語落語家桂かい枝さんは一席後、帯広空港から飛び立ちましたが、浦島さん考案のparty favorには全員がブレンドしています!

イタドリの思ひ出 2

橋のたもとのイタドリは花の時期が終わりつつあるが、僕の心の中のイタドリはいつまでも美しく咲いたままだ。それは姉の描いた同名の作品が二科展に入り、杉並区荻窪の社宅の玄関に、姉が嫁ぐまで掛けてあったからだ。いや、嫁いだあとも、しばらく置いてあったかもしれない。

「イタドリ」 

姉は高校から「女子美」に通い、油絵の作品や美術書があちこちに置いてあり、僕の美術を見る”眼”には姉の影響が少なからずある。

学生時代 自作の油絵を持つ姉

大学卒業後は水戸のデパートや銀座の広告代理店でイラストレーションの仕事をし、その後結婚して男女の子供を産み育てた。僕は彼女の結婚式に「サントワマミー」を替えた「アヴェクトワマミー」を妹と歌ったが、ギターのコードに気を取られて僕だけ「サントワ」が飛び出したりして、冷や汗まみれ状態となったのは昨日のことのようだ。
 姉は言葉遊びが好きで、僕はそうした影響も受けている。
 また、筆まめで弟妹思いで、小粒のハムレットのようになりがちな自分を、姉はよく励ましてくれた。痛いのを取ってくれる、正にイタドリのような人である。

ほっ時計ない

同時にシャツも目障り、Tuck it in.と思うのはぼくだけかもしれないが、アナログ時計に運命の時が来るとは。
針の形だけで時間を当てさせるとか、想像力を使わせたらどうなの。そんな暇はないのかな。置いときゃ段々わかってくるのに。
デジタル時計も同じ名だから、CLOCKという単語自体は消えないか。

ただ、感じがつかめずに消えはじめるイディオムもあるかな。
 clockwise 時計回り 
 counter clockwise 反時計回り
 (a)round the clock一日ぶっ通しで
 ”Rock Around the Clock” ロック時代最初の#1ヒット
 roll/turn/wind back the clock 時間を戻す 過去をやり直す

Albert Einstein: “Imagination is more important than knowledge. For knowledge is limited to all we now know and understand, while imagination embraces the entire world, and all there ever will be to know and understand.”
 
引用がやや大げさかもしれないが、創造する時間の”無駄”を省いて何でもわかるこの時代にアナログベースのこのおっさんは、

 Sometimes I struggle to understand what’s going on.

西沢杏子さんの新刊

詩人で童話作家の西沢杏子さんから新刊の詩集『人ではないものが』が届きました。ありがとうございます。

虫を題材にした詩や人や動物を主人公にした童話作品で有名な作家ですが、今回の作品は現代の時事への言及もあり、題材も剥がれおちるタイルといった視点の拡張が感じられ、かつリズムとユーモア健在という異色作です。読みやすく、かつ深く、一度では通りこせない面白い詩。(^_^)

Knee-high to a grasshopper 追記付き

曇天の庭。ショウリョウバッタの小さな小さな幼虫が若いシソの実で食事中。
この虫のメスの成虫は、オスの倍のサイズで、日本最大だそうだ。
精霊ながしの精霊船の形に似ているところから、その名が付いたという説が有力。
すべての生物や無機物に霊が宿るというアニミズムAnimismに通ずる命名ではないかと僕は感じ入っている。

少量バッタ

タイトルは1850年頃からある米国の表現。自分の幼少の頃を「(背丈が)バッタにとっての膝くらいで・バッタの膝ぐらいで」と大げさに表し、When I was knee-high to a grasshopperのように使う。
 knee-high to a mosquitoという表現もあったが、(あまりに小サイズなので?)バッタに負けたとのこと。

 これは「膝表現」としては特殊なものだが、より広く使われているものに、例えば
   a knee-slapper 膝を叩くほどのとんでもなく面白いジョーク・話
があり、That’s too funny! I’m dead.「面白すぎる! 死にそう。」といった反応を引き起こす。

 米国の第一次世界大戦後のジャズエイジに流行したナンセンスものに
   the bee’s knees 蜂の膝 最高 極上
がある。That sushi shop is the bee’s knees.のように”the付き”のイディオムで、「あの寿司屋は文句なしの蜂の膝」とでも。当時流行し現在に至る不条理動物表現だ。

 現在、英語圏の文化が非常に不安定になっている。こうした言語文化的伝統を引き継ぐ一翼を担うのは、ひょっとしてあなたかも知れない。Happy learning!

The sun’s out!

十月に入って晴れました。陽を浴びて、体内のミトコンドリアmitochondria(マイトコンドゥリア)も元気になったろう。

明るいミーティング!

明るい軌道。蛇の道はヘヴィー。みじめなダジャレも明るく聞こえる。