It not the heat, it’s the ______!

暑さと、それに勝る失敬なほどの湿気の中で使われるこの決まり文句の空所には

  humidity(湿気)

が入ります。「ひどいのは暑さというより湿気だわ・だね・だぜ・ですね」。

 暑い中、蚊に刺されやすい首回りを囲む手ぬぐいを探しに出かけた。

20代に教わったウチノのタオルはなかったが、このキャッチ、最後の2行がなんとも楽しい。英語なら

 Use this towel over and over again till it’s all worn out. And if it ends its life as a cleaning rag, nothing would make us happier!

熱っぽく威張らず、ユーモラスな謙遜(humility)の響き。上の決まり文句をひねって、

  It’s not the heat, it’s the humility!

というわけで、このキャッチに惹かれて4本4色購入!

マルカジーリャベランダーノインサラータ

基本的に怠け者で、近年その傾向が強まり、出来るだけ面倒なことを省き、そのままの味を、という”形”でやっている。ベランダの野菜は不揃いだが、農薬を使わないので、白味噌をつけてガブリ。味噌がなければ猿のよう。一応洗いますが、それは猿もするか。
一年中これができれば理想だが、それは無理想だ

怠け者は氾濫する伊語の料理名がよくわからず、タイトルで憂さ晴らしをさせてもらったが、この皿、強いて英語風に名付ければBig-bite Veranda Saladかな

Tomatoes are pretty much over,
Cucumbers are till September.
Just don’t know about green peppers,
But eggplants may stay a little longer.

Is this cooked?

タイトルは、これ茹でてある? 火が通ってる? 調理済み? という意味の表現です。

しっかり火が通ってる」ということはcooked throughで

  These nikujaga potatoes aren’t cooked through.

と表せます。ちなみに、home-cookedは「家庭料理の」という意味で、例えば10日の出張が終わり手作り味の食事がしたいのなら、

  I was on the road for ten days and now I’ve got to have a meal that tastes home-cooked.

 このcookedが、激動の現代では、「終わってる」「詰んでる」という意味でも、よく使われています。 たとえば、スーパープレーヤーCatlyn Clarkの出現以来、大荒れに荒れている全米女子プロバスケットボール協会の現状を

  WNBA is cooked.

といったら言い過ぎになるかな? ならんでしょう! 反則やミスジャッジばかり見せてどうする! 協会はちゃんとせんと!(怒) とまあ、これは色々な分野に応用が利きます。参考に、

 Their goose is cooked.

と言えば、彼ら(ある人々・組織)の計画・存在・将来・目論見などは終わったという意味。あの家禽の代表である鳥が”つぶされた”、もういないというニュアンス。ガチョウがガチョ~ン! ♪目の前が暗くなる

人類、月、地球

駅ビル内のある店でビックリ大特価セール! 商品を見て思わず口がWhere?の形になる

それはMan goes--where?という質問のwhereだ。

月面のアストロノートのことばを音声で聞くと、That’s one small step for man, one giant leap for mankind.と聞こえる。manもmankindも「人類」のことだから、「今のは人類にとっては小さな一歩、人類にとっては巨大な跳躍」となる。

引用辞典などでは、Actually, it was….という気持ちを込めて

  That’s one small step for [a] man, one giant leap for mankind.

と、aを括弧付きで加えてある。これだと「今のは一人の男にとっては小さな一歩、人類にとっては巨大な跳躍[という意図です]」となる。1969年、同時通訳の人も一瞬困ったに違いない。

 ただ、aのない引用も多く出回っている。単なるアストロノートのミスと取るか、豪腕に月からの音声不良と解釈するか。ネット上に散見できるので、一度チェックされるのも一興かと。

 という訳で、a(やthe)のないmanには「人類」の意味がある。ジェンダーニュートラルの観点から、manやmanで始まるmankindをやめて、humankindで行こうという考え方もある。

 月は置いといて、manは今どこへ。manが壊していく地球のどこに行きましょう、どこで生きましょう。

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I’ve never been this old.

今朝、カラバサスからのビデオ電話に、こんなに年取ったのは初めてだよ、と言ったら、義理の息子のミゲル君が笑って、Congratulations!と返してくれた。
 同じ朝、ベランダに、飛ぶのは数度見かけたナミアゲハが初めて停まっていた。蝶うれしい。

「ナミ」は「波」じゃなくて「並」なんだね。つまらん名をつけるもんだぜ、格付けなどするんじゃないぜ、きみはサイコーだぜ、と思う心を読んだのか、ドアを開けたらゆっくり飛んでいった。
 テーブルにはカミサン手作りのケーキ。初めて見る。今回時間がなく、ドウナツたかなと思っていたところ。真ん中にぼくが好みのフレンチクルーラー。ローソクもぐさぐさと。火がついて。ひと昔前のSF火星探査船のよう

The Birthdo Cake

Hi ho. It’s off to Mars we go.
Made a wish and blew out the candles.

The eagle has landed.

And my cucumber phone was well-recieved.

カードは、中を開くと …ish.とあり、表紙と合わせると

YOU’RE STILL YOUNG…ISH.となる。
youngishと言われても気を悪くしない演技が出来るうちはyoungishでしょう。

「来た、見た、勝った」をひねる

タイトルはジュリアス・シーザーの有名な言葉、I came, I saw, I conquered. の定訳です。
紀元前47年、現在のトルコでの戦闘に数時間で勝利したことを、ローマへの書簡に表したものです。

 この和文を、バーゲンセール場に置き換えてひねると: 「来た、見た、買った」

 同じシチュエーションにして英語版をひねると: I came, I saw, I grabbed (a bargain)!

grabは「(バーゲンを)しっかりゲットする」の意味。

 オリジナルのラテン語は、Veni, vidi, vici.

 これをひねったものが既にあって: Veni, vidi, VISA.

 クレジットカードです。

 「買った」とgrabbed (a bargain)は僕のオリジナル、だと思いますが、もう既に、、、ということも無きにしも非ずなので、「希望」を持って、しばらく調べないようにします。(^_^)

 ちなみにVeni, vidi, vici.の読み方には、英語風の「ヴィーニー、ヴィーディー、ヴィーチー」あるいはラテン語風の「ウィーニー、ウィーディー、ウィーチー」があります。

We came, we saw, we went on. PHOTO: Melissa

人生唯一不変なるものは変化なり

The only constant in life is change.

 古代ギリシャの哲学者ヘラクライティス(邦名ヘラクレイトスなど)の言葉。

 30代は人生50年、50代は人生64年と、小田信長の口癖やポール・マッカートニーの曲名を引っ張っては酒を傾けていた自分が、上戸を止め、マッカートニー氏には僅かに負けつつもまだ生きている。
 黒電話からアイフォン、手回し絞り器付き洗濯機からウォッシャードライヤー、タイプライターからパソコン、氷屋来たる冷蔵庫から冷凍冷蔵庫。もちろん黒電話、手回し、タイプ、氷冷庫以前にも生きていたから長~い。どんだけの新製品を通過してきたのか気が遠くなるほどで、その内のどれ一つとして自分で発明していないのが不思議なくらいの長期間である。何もかも変わるのが唯一変わらないことなのだなあ。その諸行無常というか医業無常というか、実に身近な例がここに。

こういう白抜きも。

 New new new normalかな。
 大昔、「90足す自分の歳」と言われて青春を生きていました。何のプレッシャーもなかったなあ。血圧に関してはだけれども(笑)。