イタドリの思ひ出 2

橋のたもとのイタドリは花の時期が終わりつつあるが、僕の心の中のイタドリはいつまでも美しく咲いたままだ。それは姉の描いた同名の作品が二科展に入り、杉並区荻窪の社宅の玄関に、姉が嫁ぐまで掛けてあったからだ。いや、嫁いだあとも、しばらく置いてあったかもしれない。

「イタドリ」 

姉は高校から「女子美」に通い、油絵の作品や美術書があちこちに置いてあり、僕の美術を見る”眼”には姉の影響が少なからずある。

学生時代 自作の油絵を持つ姉

大学卒業後は水戸のデパートや銀座の広告代理店でイラストレーションの仕事をし、その後結婚して男女の子供を産み育てた。僕は彼女の結婚式に「サントワマミー」を替えた「アヴェクトワマミー」を妹と歌ったが、ギターのコードに気を取られて僕だけ「サントワ」が飛び出したりして、冷や汗まみれ状態となったのは昨日のことのようだ。
 姉は言葉遊びが好きで、僕はそうした影響も受けている。
 また、筆まめで弟妹思いで、小粒のハムレットのようになりがちな自分を、姉はよく励ましてくれた。痛いのを取ってくれる、正にイタドリのような人である。

ほっ時計ない

同時にシャツも目障り、Tuck it in.と思うのはぼくだけかもしれないが、アナログ時計に運命の時が来るとは。
針の形だけで時間を当てさせる。想像力を使わせたらどうなの。そんな暇はないのかな。
ただデジタル時計も同じ名だからCLOCKという単語自体は消えないか。

ただ、感じがつかめずに消えはじめるイディオムもあるかな。
 clockwise 時計回り 
 counter clockwise 反時計回り
 (a)round the clock一日ぶっ通しで
 ”Rock Around the Clock” ロック時代最初の#1ヒット
 roll/turn/wind back the clock 時間を戻す 過去をやり直す

Albert Einstein: “Imagination is more important than knowledge. For knowledge is limited to all we now know and understand, while imagination embraces the entire world, and all there ever will be to know and understand.”
 
引用がやや大げさかもしれないが、創造する時間の”無駄”を省いて何でもわかるこの時代にアナログベースのこのおっさんは、

 Sometimes I struggle to understand what’s going on.

西沢杏子さんの新刊

詩人で童話作家の西沢杏子さんから新刊の詩集『人ではないものが』が届きました。ありがとうございます。

虫を題材にした詩や人や動物を主人公にした童話作品で有名な作家ですが、今回の作品は現代の時事への言及もあり、題材も剥がれおちるタイルといった視点の拡張が感じられ、かつリズムとユーモア健在という異色作です。読みやすく、かつ深く、一度では通りこせない面白い詩。(^_^)

Knee-high to a grasshopper 追記付き

曇天の庭。ショウリョウバッタの小さな小さな幼虫が若いシソの実で食事中。
この虫のメスの成虫は、オスの倍のサイズで、日本最大だそうだ。
精霊ながしの精霊船の形に似ているところから、その名が付いたという説が有力。
すべての生物や無機物に霊が宿るというアニミズムAnimismに通ずる命名ではないかと僕は感じ入っている。

少量バッタ

タイトルは1850年頃からある米国の表現。自分の幼少の頃を「(背丈が)バッタにとっての膝くらいで・バッタの膝ぐらいで」と大げさに表し、When I was knee-high to a grasshopperのように使う。
 knee-high to a mosquitoという表現もあったが、(あまりに小サイズなので?)バッタに負けたとのこと。

 これは「膝表現」としては特殊なものだが、より広く使われているものに、例えば
   a knee-slapper 膝を叩くほどのとんでもなく面白いジョーク・話
があり、That’s too funny! I’m dead.「面白すぎる! 死にそう。」といった反応を引き起こす。

 米国の第一次世界大戦後のジャズエイジに流行したナンセンスものに
   the bee’s knees 蜂の膝 最高 極上
がある。That sushi shop is the bee’s knees.のように”the付き”のイディオムで、「あの寿司屋は文句なしの蜂の膝」とでも。当時流行し現在に至る不条理動物表現だ。

 現在、英語圏の文化が非常に不安定になっている。こうした言語文化的伝統を引き継ぐ一翼を担うのは、ひょっとしてあなたかも知れない。Happy learning!

The sun’s out!

十月に入って晴れました。陽を浴びて、体内のミトコンドリアmitochondria(マイトコンドゥリア)も元気になったろう。

明るいミーティング!

明るい軌道。蛇の道はヘヴィー。みじめなダジャレも明るく聞こえる。

No sun no fun.

雨の続く日々。レイ・ブラッドベリの「長雨」The Long Rainを想う。雨が延々と降り続く惑星でシェルターを求めて彷徨う人間達の話だ。この作者は同じような表現を何度も繰り返すことが多い。読み進めるうちにその術中にはまってしまい、雨宿り願望がふくれあがる。

今日は雨マークがほぼ毎時間ついている。ミュージカル『アニー』を思い出す。The sun will come out tomorrow. という決まり文句が歌になってヒットした。英語劇でルーズベルト大統領として車椅子で歌ったことがあった。Sing everyone!とか大声で言って景気をつけたかも。明日は出てこんぞ、アニー。

学生時代にドラマでお世話になったピーター・マン先生の仰っていたことわざがある。Let not the sun go down on your wrath. 「自分の怒り上に太陽を沈ませることなかれ」とは「怒りを明日まで持ち越すな、その日のうちに静めなさい」ということ。穏やかそうな、ユーモアのある方だったが、いろいろあったに違いない、人間そういうことだろう。

A Place in the Sun 『陽の当たる場所』という映画があった。モンゴメリー・クリフト、エリザベス・テイラー、シェリー・ウィンターズ。不遇な青年が社会的成功を求めて這い上がろうとするが・・・という筋立てで、ウィンターズの存在感が強く印象に残る。

ウォーカー・ブラザーズの”The Sun Ain’t Gonna Shine Anymore”なるヒット曲があった。スコット・ウォーカーのおどろおどろしい声が、ウォールサウンドの真ん中でそう主張すれば、終末感のみ。兄弟ではなかったのだな彼らは。

ああ、早く出でて晴れ給え太陽。あなたは私の太陽です。

猫の手を借りたのではないよーという画像

なるほど。近所の家の外に置かれたガーデニング用手袋を勝手に取ってくる猫と、それを持ち主に返したくて苦労する飼い主の姿が心に染みる感動の画像です。刺さってもよし。

建物にこっそり忍び込んで盗みを働く小規模な泥棒をCAT BURGLARと呼びます。BURGLARは「強盗」ですが、CATが付くと「こそ泥」となります。で、この言語遊戯は断念。この猫はただのTHIEFです。

しっかり左右そろえて咥えてきたものもあるなあ。英語では靴下と同じa pairで済むけれど、日本語だと「一足」vs.「1セット」さらに「ひと組」。「一双」なら一層フォーマルだにゃー。

近所にはFERAL CAT(野良猫さん)がクロちゃんという鼻の周りが黒いグレーっぽい猫が一匹しかいない。昔いた東京の家の周りには結構いたものだ。決まってやって来たのはダコタだった。人間は苦手なようで、触ったことがなかったが、それでも毎日のように訪問いただいた。分をわきまえた賢い野生動物と人間との共生として貴重な存在である野良猫FERAL CATたちがいなくなることは、果たして動物であるぼくたちにとっていいことなんだろうか?(修辞的疑問文)


The Harvest Moon

辻堂のテラスモールから出て見上げた空に中秋の名月が漂っていた。
秋分に一番近い満月を英語では「収穫の(満)月」と呼ぶ。9月より10月の満月がより秋分に近い場合には、それがHarvest Moonになる。Harvestの名は、数日間は月の出がほぼ同じ時間なので、秋作物の収穫が夜遅くまで可能になるから、とウエブサイトThe Old Farmer’s Almanacにある。この「ベテラン農家の年鑑」(とでも)は1792年初刊。暦、アドバイス、読み物などが収録されている。

The Harvest Moon is the Full Moon closest to the autumnal equinox. (September 22 or 23). Unlike other Full Moons, it rises about the same time for several nights, providing extended evening light. Historically, this extra illumination helped farmers complete their harvests before fall frosts.

その他、the Mid-autumn Moon(直訳)、the full September moon(ざっくりと)