滑りやすい坂2

大岡山には坂がある。英語で岡はhill、坂はslopeとされる。規模的に、幅広い傾斜をhill、幅狭いものをslopeと呼ぶ。最近のヒット映画で、センスの良さ抜群の偉大なる娯楽作品『侍タイムスリッパー』には、「心配無用ノ介」なる時代劇のヒーローが出て来るが、そこから無理に想起されるのが「心臓破りヶ丘」だ。マラソンや自転車レースで参加者を待つ例の難関で、the heartbreak hill(slopeではなく)と呼ばれる。直訳が美事だが、heartbreakは「何かを失ったり敗北を喫したりして悲しみで胸が張り裂ける」イメージで、「悲痛ヶ丘(岡よりよいかも)」に近いかもしれない。(「ホテル悲痛館」はエルビスが止まりにいったホテルだ。)
  hillよりslopeは小規模だ。
  ラフカディオ・ハーンのMujinaには東京赤坂通りの「紀伊国坂」なる坂が登場する。ここで卵顔お化けの超常現象が起こるのだが、語り手(ハーンらしい)は、…which means the Slope of the Province of Kii. I do not know why it is called the Slope of the Province of Kii.と解説している。
  ハーンは、日本的物語を外国人読者に紹介するにあたり、「なぜ紀伊の国の坂と呼ばれているのか私にはわからない」と、余計な注釈をはしょって本題にすぐ行く(cut to the chase)ので失礼! で済ませることができるのだろう。ただ、日本人の語り手(私なども含めて)は、ここで立ち止まる方もいるだろうし、滑って転んで立ち直れない方もいるだろう。ハーン氏になったつもりで語ればそれでいいのかもしれないが(アクセントを付けたりして!?)、ただどう考えても日本人が「意味がわかんない」と言うのはいかがなものか。
  そこでこの部分をカットして進む方もいるのではないだろうか(実際ぼくは一名存知上げている)。
  そういうぼくも転びそうになって立ち止まった。どうしようかなと思案したのだが、あ、これは語り手が狢(むじな)なのだ、えへへ、短い怪談の中で、the Slope of the Province of Kiiという長いフレーズを繰り返すような、学のなさそうな狢(失礼、狢)が語って遊んでおるのじゃ、という胸張り切るよな名案を思いつき、今日に至っている。
  

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です