田邊祐司さんの新刊

Asahi Weeklyに連載していた記事をまとめた田邊祐司先生の新刊『一歩先の英文ラインティング』が出ました。

巻頭に、大学入試の影響について、「難解な語彙(big word)の暗記と読解に明け暮れがち・・・その結果、いざ自分の意見や考えを文にして示す必要が生じても、文法・語彙的には正しいが、どこか違和感のある英文を書いてしまうことになる。もう一歩先が足りないのである」とあり同感です。

IMG_0752

基本的な語を使い、big wordを(専門語以外は)避けながら、リズムのある生き生きした英文を書きたいという方にお薦めします。

 

 

右も左もRやLじゃあござんせんか

/r/の音はハワイ語にはないので、ハワイの地名、道路名、人名などの発音はそれほど苦労はしません。たとえばMerry ChristmasはMele Kalikimakaで、母音が強く、l音も強めですが、メレ・カリキマカと、ぼくでも読める。英語が入ってきてから、ハワイの人々は/r/の発音を覚えたのでしょう。

さて、green waste(緑のゴミ)はピックアップトラックに積んで捨てに行くのですが、本道からturnoffに入り、200mほどでtransfer station(集積所)があります。その区間にあるsigns(標識、看板)の写真を撮ると、RとLがあちこちに。見て読めるのは大変良いのですが、見て言えるのはなお良い。あちこちに出現するubiquitousなこの2音。問題なく出て来るまで練習台にどうぞ。

030

039

038

034

033

032

036

037

 

 

今日の『ラジオ英会話』 無冠詞のface イディオムを見つめて 3

「バツの悪い思いをする」 Having an Upsetting Momentというタイトルのダイアログです。冒頭に女性が、

I lost face at work. (職場で恥をかいてしまったわ)

と言います。lose face(直訳:顔を失う)に一番近い日本語表現に、「面目を失う」があります。

この英語表現は中国語に由来するとして、The American Heritage Dictionary of Idiomsには次の説明があります。

Be embarrassed or humiliated, especially publicly. For example, Terry lost face when his assistant was promoted and became his boss. Both this expression and the underlying concept come from Asia; the term itself is a translation of the Chinese tiu lien and has been used in English since the late 1800s.

ある中国語表記には「失面子」があり、これは日本語が「面子を失う」として借用吸収。

faceは無冠詞です。lose a faceだと「あるひとつの顔」、lose the faceなら「その顔」となり、実際に誰かの顔をなくす生々しいイメージが浮かぶ。lose my faceだと、怪談「むじな」で、シニアの男性を夜更けの紀伊国坂で死ぬほど怖がらせるノッペラボウの蕎麦屋的現象が自分に起こることになる。というわけで概念的象徴的な無冠詞・無所有代名詞の”手”が施されています。

ちなみに「面目を保つ」という意味のsave faceという表現もあります。

11 8月4日 遠山顕先生 092 (1) 八雲作「むじな」  自分の顔を失って相手の肝をつぶす趣味の悪い蕎麦屋を語るYours Truly

今日の『ラジオ英会話』 eyeかeyesか イディオムを見つめて 2

複数の概念のほぼない母語を持つため、英語の単複意識の”うるささ”に閉口するという体験は誰にもあるのでは。ただ英語のイディオムに関して言うと、実にいい加減な、あるいは不可解なカウントをしているものが多い。今回の職場でのダイアログでは目を使ったイディオムが次のように使われている。

Smith and I don’t see eye to eye.(スミスとは意見が合わない)

これなど、see eyes to eyesと言ったほうが意見がもっとぴったり合うと思うのです。ただ、冠詞ナシの名詞は、概念を表すことがある。これなど理解という概念を目に託するといった”気分”で成立しているのかもしれない。それに言いやすさ、これも大事です。eye to eyeはやはりずっと言いやすい。これはどうだろう。

Could you keep an eye on this suitcase for a minute?(このスーツケースを少しだけ見ていてもらえますか?)

これは明らかに現代日本語で言えば目1個である。もう1個はどうするのだろう。これなど、お忙しいところ恐縮ですが、ひとつ貸してくださいな、という感覚なのかもしれない。複数よりは言いやすいし、複数だと生々しい感じもする。そういえば、

Would you lend me a hand with this table?(このテーブルを運ぶのにちょっと手を貸してくれますか?)

にしても、本当は両手を借りたいに違いない。ただ、これにも一種の遠慮がありそうだ。次のイディオムはやはりこのまま複数がよいでしょう。

She cried her eyes out.(彼女は大泣きした)

これ、両目が流れ出るほどというイメージ。

You’re a sight for sore eyes.(あなたは眼福です)

疲れた目を癒やすような、保養的な景色があなただ、ということ。こうなるとやはり両目でしょう。よく人に使いますが、ものでも大丈夫。こうしたsightはどこにでもあります。個人的には夕景がほっとします。たとえば量販店での買い出しが終わって外に出ると駐車場が。

019

今日の『ラジオ英会話』 earかearsか イディオムを見つめると

月曜日のDinner Guestは、貫一はお宮に対する怒りの気持ちを誰彼かまわずしゃべりたてるから、彼をディナーに招待するのはよしましょう、という結論に達するまでのダイアログです。

尾崎紅葉の超人気小説『金色夜叉』、The Golden Demonは新聞に6年間連載されたという。私の幼少時代には、「熱海の海岸散歩する貫一お宮の二人連れ・・・」という歌や「今月今夜のこの月を僕の涙できっと曇らせてみせる」といった小説から(らしい)のセリフが流行り、何と歌ったり言ったりしていたことがありました! 家や学校や友達と道で日本語のリズムを体感していたのでしょう。学生服・学帽・マントの男性が着物姿の女性を下駄を履いた足で蹴るという、砂浜ではやりにくそうなとてつもないスタント場面が有名。熱海では砂浜でなく道路になんとその場面の銅像があるらしい!

ハイヒールのお宮が・・・というイメージの逆成も考えられるけれど、金色のデーモンはこのくらいにして、重要表現が、

He’ll talk your ear off about his problems. 彼は自分の問題を誰彼かまわずしゃべり立てます。

このearですが、傾ける耳、というイメージで単数でイディオムを形成しています。

お昼に時々行くお弁当屋さんのご主人は、「先生、ラジオ聞いていますよ。歌がお上手ですね」と仰るので、おかずのパックまで買ってしまうのだけれど、そのお言葉は、

Music to my ears.

これは美しき楽の音のように両耳に入って来る、どんどん聞きたい、という感じのイディオムであり、同じ複数の、

I’m all ears.  是非聞かせてください。

もまた私は全体が両耳であるというイメージでイディオムとなっています。

Little pitchers have big ears. 子どもは大人の話をよく聞いているものだ。

これはことわざ。小さな水差しには大きなears(取っ手、複数であるところがミソ)があるというイメージを地獄耳(big ears)と掛けています。文法面から見ると、水差しにはearはひとつで、例えば普通の水差しの場合、それを複数にし取っ手を単数にして、All pitchers have an ear.と言えますが、ここでは、わざわざ複数にして、”ただの水差しではないぞよ、大きな耳がふたつ付いているぞ”と水を差すわけです。

言葉は、ルールや理屈を平気で飛び越えるいたずら者ですが、そのまま丸ごと覚えなさい、と自分に言い聞かせずに、じっと見つめる時間も持つことで、安定した言語生活が送れます。

031I’m all ears.という耳なのに大声で呼んでも目を開けないBlonderの日常言語生活態度。About 80 years young.

サンフランシスコの霧と水 その2

サンフランシスコ在の娘が、友人とドライブに出た折りに、市から出ようとするところで撮った写真を送ってくれました。

IMG_0680

町を覆っている霧の外れにさしかかったところです。

smogでなくfogであるところがホッとしますが、それにしてもその向こうの青空と対比すると実に暗い。

英語にWe’re not out of the woods yet.(まだ安全ではない)という表現があります。「森」を危険のシンボルにしたイディオムですが、それを想起させるようなイメージです。

しかし、We’re not out of the fog yet.という慣用表現はないようです。この節水の町に霧がなくなれば、干上がる可能性が大きいからです。

ちなみに、市歌の「想い出のサンフランシスコ」の一節にも霧が登場します。

The morning fog may chill the air, I don’t care.

My love waits there in San Francisco.
Above the blue and windy sea
When I come home to you, San Francisco,
Your golden sun will shine for me!

朝霧で空気は冷たいけれど構わない。私の愛する人が待っている。青く風の強い海の上、私が帰ったときには、お前の金色の太陽が私のためにきっと輝いてくれる!

最後の行のwillは’llとならず、「必ずそうなる」という単純未来形の強調となって、意志さえ感じさせます。さらにこのwillが、ラストの繰り返しの際にはメロディーの山になっています。晴れることの非常に少ない町への願い、ひいては変わらぬ愛への願いがこのwillに込められています。カラオケで感じてみませんか。

 

Uberと世界ramen時代

明日(8月25日)はラーメン記念日。カップヌードルやインスタントラーメンは、すでに世界を席巻しています。新手も続々。

026 漢字堂々。

042 玄米ラーメンまで

そして今世界では、本格ラーメンのブームが始まっていて、日本に行ったらラーメンを食べたい、これが旅行者、特に若者の合い言葉のようです。

この夏は娘の住むサンフランシスコを訪れましたが、移動はもっぱらUber(ウーバー)という新システムのタクシーでした。皆さん気軽に話すドライバーが多く、ある女性はIf or when I go to Japan, I’d like to try ramen.と言っていました。

uberは意味がsuperに近いドイツ語で、近年形容詞や副詞として英語で使われています。

The ultimate, above all, the best, top, something that nothing is better than.

と定義するのは、若者向けの(私も時々チェックしますが)オンライン辞典The Urban Dictionary: http://ja.urbandictionary.com/define.php?term=uber です。

I’m Über confused… とドイツ語表記での使用例が出ています。

世界的流行になりつつあるUberとは、こちらが携帯電話のアプリで現在の位置を地図上に知らせ、それを近隣にいる車がキャッチして、運転手の顔、名前、位置を客に知らせ、概ね数分でやって来るというシステムです。支払いは、あらかじめ登録したクレジットカードを使うので、現金不要。チップも不要。通常のタクシーよりも安価、というもの。

このシステムの創始者Travis Kalanickは、成功するまでの10年間はuber failuresの連続だったという起業家です。その苦労話は、解説付きで分かり易いこのサイトで。

http://blog.btrax.com/jp/2011/11/06/uber/

16分40秒あたりで、彼はその大変な年月について、

I’d like to call these years my blood, sweat and ramen years.(この年月を私は血と汗とラーメンの年月と呼びたく思います)

と述べています。これは定型表現blood, sweat and tearsのもじりです。

聖書の一節、Christ…was bathed in his own blood, sweat and tears.から発し、それを英国首相チャーチルが第二次大戦参戦時の演説に、I have nothing to offer but blood, toil, tears and sweat.と取り入れ、その雄弁さを知らしめ、1967年にはBlood, Sweat and Tearsという、クロスオーバーバンドが生まれ一大現象となり、そしてウーバーのCEOは、涙を取ってラーメンを入れました。

ramenはウエブスター辞典にも掲載されていますし、クロスワードパズルの答えにも利用されています。その代表的なカギ(clue)を紹介すると、

Japanese noodles 何とsobaではない いやsobaもJapanese buckwheat nooodlesやNagano noodlesなど詳しいものもある

noodles for the cost-conscious  コストコンシャスの人々の麺 うーむ

college student’s stereotypical meal   海外の学生さんもやはり

food for which there is a museum in Yokohama   これは新幹線新横浜の博物館かな

世界中にslurp-slurp(チュルチュル)という音が響く時代が来るのか・・・。日本産食材次第に敬遠される中、心境複雑也。お、Uberが来た。

Hey! Uber here!

ひょっとすると、フランクフルト市で観光客がÜberを呼び、ソーセージラーメン店へ駆けつけるなどという光景が来年あたり生まれるかも。

『ラジ英』から 「私がhelloと言っていますと伝えてください」とは?

月曜日のダイアログはOld Flameで、同窓会に昔のボーイフレンドが来ないので、女性がそれとなく”古い炎”が現在どうしているのがを尋ねるというシーンでした。最後に彼女は、この会話の相手で今も彼を良く知る人物に、

Please tell him I SAY hello.

と頼みます。

FullSizeRender

違う言い方に

Please tell him I SAID hello.

があり、どちらもよく使われます。

SAIDの言い方だと、「よろしくと言っていたと伝えてください」のように、和訳の座りも良いのですが、SAYの場合、「よろしくと言っていると伝えてください」となるので、しっくり来ないかもしれません。

さて、この依頼を受けた人物は、彼女の”古い炎”に会った際に、

By the way, I saw her at the reunion. She SAID hello.

と伝達することができます。ただ、「言っていました」と過去にせず、臨場感をたたえた現在形で、

By the way, I saw her at the reunion. She SAYS hello.

とも言えます。”よろしくと言うこと”がここに在る、”よろしくと言うその気持ち”が過ぎ去ったことでなく、今ここに在る、といった感覚が生まれます。

「彼女からよろしくということです」と訳せる可能性も在りでしょうか。

というわけで、Please tell him I SAY hello.という言い方は、将来起こるであろう臨場感付き伝達表現(She SAYS hello.)を多少意識したものだ、と言ってよいでしょう。

これらに似た表現もあります。

依頼: Please say hello/hi to him.

伝達: She asked/told me to say hello/hi (to you).  / She said to say hello/hi (to you).

 

サンフランシスコの霧と水

四季を通じてIt’s sweater weather through the year.と言われるサンフランシスコでは、夏もセーターやカーディガンが欠かせません。

The coldest winter I ever spent was a summer in San Francisco. (私がかつて過ごした冬で一番寒かったのはサンフランシスコのある夏であった)

この言葉は夏にこの町を訪れたマーク・トウエインがものしたという説があり、実際には不詳ですが、サンフランシスコと言うと、通常I Left My Heart in San Franciscoという市歌、そしてこの迷言?が思い出されるようです。

これは、国定公園ツアーの帰路、近隣のサウサリート市から見たSFの夕景。冷たい霧が町全体を覆い始めています。

079

これはその40分ほどあと。SF市内に戻り、車窓から金門橋を見たところ。

099

この日は大変珍しい快晴でしたが、霧は必ずやって来ます。https://en.wikipedia.org/wiki/San_Francisco_fogに科学的説明があります。

翌朝、これも大変珍しく、雨が夜間に降り、B&Bの前の車が濡れていました。

008

ドライブウエーも、B&Bのオーナー、ナンシーさんのバラも。

011

車道も濡れています。空は雲もあるでしょうが主に朝霧です。

012

SFはdrought(水不足、干ばつ)の町でもあります。霧以外の水分がなかなか降りて来ない。Muir Woodsの小川の流れも豊かとは言えません。樹齢2000年、80m近いredwoodの木々がほこりにまみれて生き残っています。

068

節水はトイレにも及び、その心得が4行詩になっていて、市民は皆知っています。ライムスキームはAABBです。

If it’s yellow,
Let it mellow.
If it’s brown,
Flush it down.

mellowは「円熟させる」、flush downは「流す」で、あとの解釈はお任せします。

町の通りにある草花もdrought tolerant(水不足に強い)ものが好まれ、娘の通う州立大のキャンパスには、こんな断り書きががありました。

124

Planting these drought tolerant plants will save us 20,000 gallons of water each year.とあります。約7万5千リットルの節水になるとのこと。

通りにも枯れた木や切り株が。代わって周りにカクタスがグリーン色を添えてただのサボってんではないと元気。

050

ところで、水道水(tap water)は飲めるとのこと。実際、市民はペットボトルにそのまま入れて飲んでいます。

一応まとめのコメントとしては: Water town.

 

サンフランシスコをかじる

B&B宿舎の2番目のBを断って、娘が近所で買ってきてくれた評判のChinese bakeryの品々で自室での朝食。

IMG_0563

トレイ下段左の黄色い食べ物から: lemon tart、pork bread(ポークが入っている)、thousand-year-old egg pie。(「千年卵」とは「ピータン」)、以上で2.5ドル。トレー下のネクタイはbirthday boyへのプレゼント。(これはpriceless。)いくつになってもboy/girlと呼び呼ばれで、英語もなかなか良き哉。

昼は”焙煎ブーグー”(焙の音高を最上に)と言うとよく通じるこの野牛(bison)のハンバーガー。

002

や、

IMG_0616

牛にあらず・・・。 Love at first bite.とも言えず。But it grows on you…by the last bite.

017

ジャパンセンター食堂街。この単語もいつの日かウエブスター辞典あたりに・・・。

019

be動詞抜けブロークンイングリッシュで愛嬌をふりまくシェフ募集のサイン。そして人気の

021

Japanese cuisineと言えば顔を出すようになった。octopusと書いても売れるそう。

029

午後の国定公園ツアーの集合場所ホテル・カブキのフロント横に宿泊客の愛犬用のおもてなし。映画にもなったベストセラー小説のタイトルを頂いたもの。ただし、オリジナルのEat, Pray, LoveのPrayがPlayにひねられ、これぞまさにplay on words(言語遊戯)。fuzzy friendsはふさふさした毛の友。骨まで愛するようになっています。

国定公園Muir Woodsへ。映画Rise of the Planet of the Apes『猿の惑星・創世記』の最後、人間の機能を持ち始めたapes(類人猿)たちがラボから脱出し、サンフランシスコ湾に架かる金門橋を渡り、自分たちの聖域に選んだのがこのミュールの森。楽しみにしていましたが、バスから降りてもリーダーのシーザーやその集団はおらず、やや進化した私のような者が多数シャッターを押し押されていました。

047

コーヒーを買って座ったカフェの壁に3つの標語とその意義が。

052

051

049

globalismの嵐吹き荒れる中、この3語の意義は大きいと、一杯やりながら話し合う。

以上もろもろfood for thought(思考の糧)の一日。夜はコリアンでした。

166