柘植(つげ)を見ると思い出す

柘植を見ると思い出す。髪を刈らねば。

所用で上京。うまく行き、その帰り道。角刈りの柘植の生け垣。初夏の光。

英名はboxとかboxwoodで、見ての通り説明不要。片や「つげ」は「次」から来たという語源説あり。kaiが海だからハワイ語と日本語は親類だと小躍り(まではしなかったが)しそうになったあの時代が懐かしい。つげ義春もいた。
日本語の語源を知って踊ったことはあまりない。印欧語族のように、包んでもらってもいいと思えるような大きな安心毛布がない。大風呂敷でもいいから何とかならないかな。
次の通りには「ナイルの百合」が並んでいた。

そよ風にぶれる蕾。Summer’s bursting. 夏はじける。
この花の名、おなじみアガパンサス。
英名lily of the Nileとは、大見得切りだが良い名。数本切ってクレオパトラに持って行きたい夏の昼。
African lilyという名もある。
agapanthusは新ラテン語で「アガペ」(愛)とanthos(花)が合体させたものという。豪華絢爛。

花の名を知ると自分のものになったような気がする。言葉の力は所有の心。ロミオでなくてもロミオだし、知らなくても「あの花」であり「我が心の花」ではあるのだが。
単語も知ると所有したような気になるが、あれこれくっつけて口に出すまでは話にならないことは試験世界から離れるとよくわかる。

大通りに入ると立ちくらみを覚えそうな立葵の襲来。少し食べてもよいかなと思うほど空腹なことに気が付く。

Holy hollyhocks!  

BACK TO THE STUDIO

しばらく春休みがありましたが、夏に出る本のチェックをしたり、ブログったり、テキスト書きなど、あっと言う間に時は過ぎました。40年前あたりから、物事が早く過ぎたり終わったりすると、Just like life.、と” 決め ”に使っていました。その3語が次第に頭蓋に木霊するようになってきたのは無理もなし。

今日は久しぶりの録音でスタッフキャストわいわいげたげたとずいぶんはやくおわりました! ひらかなっぽいよじかんでした。あはは。 Time flies when you’re having fun.という決まり文句がありますが、ネットに行ったら、端っこに、Time passes quickly when you are old. という、唖然のアゴがフロアについてしまうほどのパロディがありました。ほんとだよ、というコメントがあったようななかったような。あそこへ戻る気はない。どうせパロるのが好きな青年か何かの仕業に違いない。

終了後、スタジオのエンジニア氏がカウントダウンしながら撮ってくれました。面白い方です。15枚近く、1枚ごとに3,2、1と・・・。

ガーデニング用”伊香保”?

役立つかどうかは別として発見の日々止まず。

これは二徳鍬(ニトクグワ)。30歳近い。英語にtwo-way hoe(二通りの鍬)の名がある。鍬(hoe)と鋤(fork)の2つの機能があり、hoe forkとかfork hoeというコンビの名もある。片手で雑草取りweedingに良い。名前に「手持ち」を入れればhand hoe fork、hand-held fork hoeなどとなる。

別名に烏賊鍬(いかくわ)がある。

なるほど、しみじみと眺めれば、鍬を烏賊の頭に、鋤をその脚に見立てた命名らしい。これが

  ika hoe

という英語訳で出回っている姿に遭遇。それがわからずチェックしたことが今回の話につながったわけですが、強気の命名。この英名は人口に膾炙しているわけではないようだが、発音は「伊香保ゥ」と最後に「ゥ」を加えて威勢よく「イカホウ!」と正しく発すれば、ハワイガーデニング協会の協賛が得られるかもしれない。
ついでに遭遇したものが

Asano Japanese Ninja Claw Rake and Cultivator (Basic Pack) Japanese ninja claw

という強気な命名で立派。標準はrakeで、こちらは日本名がイタソゥ!という感のある「熊手」。

美の真髄

The quintessence of beauty 

と呼ぶのはやや誉めすぎかもしれないが、そこは掛詞故引き算をするように。

quinTESSENce 精髄 真髄 

と、花の和名を入れ込みました。鉄線・テッセン・クレマチス。 

注意: 発音やや難有り

食用だったらdelecaTESSENでもよかったのだが。

quintessence(真髄)のquintは5、古代ギリシャでwater, earth, fire, airの4つのエッセンス・エレメントに次ぐもので、天体を構成するとされる。リュック・ベッソンの映画『フィフス・エレメント』はこのあたりからでしょう。とにかくそれがpurest essenceという意味に転意したという。

会話に、Merriam-Webster Onlineの例文には:
  The quintessence of music is the melody. [真髄]
  He was the quintessence of political professionalism. [典型]

発音は「クゥイnスns」。

10歳のジャズシンガー ダイアン・シューア

「コピーライトのないタワー」の最後でも紹介したジョー・スタフォードの「セプテンバー・イン・ザ・レイン」を聞くうち、他の歌手を検索したところDiane Schuurという歌手に当たり拝聴。ビデオクリップの頭に、10歳のときホリデーインにてとあり、残りを聞いて驚く。盲目の少女は、平日は小学校、週末は汽車で演奏をしにという生活だったようだ。

https://www.youtube.com/watch?v=aHFlfRh4uCUhttps://www.youtube.com/watch?v=aHFlfRh4uCU

ピート・ベストがドラム担当時のビートルズのバージョンは以前から知っていた。大西洋を越えた米国調アクセント、ハンブルグで自由に唄っていたのだろうと想像。ロックの雨。

https://www.youtube.com/watch?v=EElKJao9cmA

September in the Rain

The leaves of brown came tumbling down, remember,
In September in the rain.
The Sun went out just like a dying amber
That September in the rain.

To every word of love I heard you whisper
The raindrops seemed to play our sweet refrain.
Though spring is here, to me it’s still September
That September in the rain.

必要は発明の朝 

今朝冷蔵庫の残り物をオーブンで焼きベランダの生り物と合わせたMEZASHISOが誕生した。

目刺しと紫蘇のblend-word、かばん語です。玄米が滑り込めれば3-word blendになるが。英語の例では

  サンクシャロイマス Thankshallowimas

  = Thanksgiving+Halloween+Christmas

September is over and Thankshallowimas is ahead.と、10月から始まる狂騒(競争?)や出費の覚悟をする英語圏の人々がいるかもしれない。

本題の”料理”の和名は「目刺蘇」。目覚ましい命名ではないか。これに煎茶が合う。味噌汁が欲しかった。とにかく、Necessity is the mother of invention.

要らぬ発明もある。それについては、Invention can be the mother of unnecessity.となろう。

コピーライトのないタワー

所用でまた東京タワー近くまで。今日は神谷町駅でなく御成門駅から増上寺経由でアプローチ。増上寺は徳川家の菩提寺でもあり将軍専用の門があったという。その門前、小雨に煙る好きなタワーと一緒に。

あ、それで殿の御成門か

用が済み、タワーの下で目黒駅行きのバスを待つ。タワートップが小雨に煙る。

今日は麻布十番、仙台坂、広尾橋経由で目黒まで行き、品川から湘南へ向かうことにする。ジャーニーだ、背に腹は替えられない用件であったから出かけたが、全ての交通機関が時間のせいもありとても空いている。腹に背は替えられないでも一向に構わないが。
数百年前になるのか、URthe ★に東京スカイツリーを入れたところ、コピーライトがあるとのことで東京スゴイツリーに変えたことがあったな。ツリーよ。浅草タワーで十分立派だったのではないか。世界に浅草の名も出て。バス停から見上げるTokyo Tower。ゴジラ等に何度倒されたろう。Kaijuはcopyrightを恐れてツリーには近寄らないのかな・・・高所に弱い者の戯言です。
しかしこのタワーは来れば来るほど庶民的佇まいで良いな。閉まっているのが残念だが台湾祭の文字遊びを見よ。

恵比寿三丁目にさしかかる。太古子供が「ABCさんちょうめ」と呟いたことがある。彼女の最初の駄洒落だったか。行者のような顔で言ったから日英のスーツケースを下げた3歳が必死に確認していたのだろうか。

最後に20年ほど住んだあたりを通り過ぎて目黒駅に着く。40分もバスに揺られたのか、よく削っていない鉛筆のよう午後になってしまった雨の中。A little pointless.

この雨の歌は立派。https://www.youtube.com/watch?v=AsU7dGT2Ixs

こんな夢を見た

という気持ちになるような、狐につままれたような体験をした。ある町の小さなトンカツ屋でのこと。小腹が空いたのと、トンカツが食べたいのとが混じって、その路地だらけの商店街の、失うものは何もないと思わせるような価格を入口に貼った店に、薄く短いカツだろうから腹に合うぞと踏んで入る。間口狭くカウンター1本に6、7席。こういう店が学生の頃によくあった。昼下がり、無人のカウンターの反対側に小柄なお上が座っているのでランチを頼む。しばらくして出て来たのは、何だか懐かしい風情のセット。

外で自分が食したものを絵で見せるのは気が進まない。しかし、まずキャベツの横にプチトマトが3個伏す。漬け物の大根の二切れは厚く重なり、胡瓜は切りの良い3切れ。その横にピクルドプラムがにらむ。湯飲みの中の季節外れの麦茶のようなその中に、なにげに厚い檸檬のスライス。再度大皿を見ればカイワレの勇姿ではないか。飯の多さに気を取られ、気付けば汁は蜆汁。周囲から、ソース(1種のみもまた良し)、塩(など中々置いてない)、醤油らが見守る中、再再度大皿のキャベツの彼方を覗きこめば、

苺一会だ

お上は、1960年代にこの店を始めた男性と結ばれて店に入り、その後、彼を亡くし、一人切り盛りして現在に至ったという。食器をカウンターの高いところに載せると「悪いね」。「いやいや美味しかった」。と、お上、ご飯茶碗を見て「残したね」。「いや小腹がね。その割にはしっかり食べたよ」。「梅干しは嫌い?」。「しょっぱいのは今は」。「蜂蜜に漬けてあるよ」。「それじゃあ」と口に入れればやはり梅干し。「やっぱりしょっぱい?」。「いやそうでもないよ」などとやり取りをして店を出る。そういえば近くに稲荷があったような。これがほんとのRESTaurantか。