No sun no fun.

雨の続く日々。レイ・ブラッドベリの「長雨」The Long Rainを想う。雨が延々と降り続く惑星でシェルターを求めて彷徨う人間達の話だ。この作者は同じような表現を何度も繰り返すことが多い。読み進めるうちにその術中にはまってしまい、雨宿り願望がふくれあがる。

今日は雨マークがほぼ毎時間ついている。ミュージカル『アニー』を思い出す。The sun will come out tomorrow. という決まり文句が歌になってヒットした。英語劇でルーズベルト大統領として車椅子で歌ったことがあった。Sing everyone!とか大声で言って景気をつけたかも。明日は出てこんぞ、アニー。

学生時代にドラマでお世話になったピーター・マン先生の仰っていたことわざがある。Let not the sun go down on your wrath. 「自分の怒り上に太陽を沈ませることなかれ」とは「怒りを明日まで持ち越すな、その日のうちに静めなさい」ということ。穏やかそうな、ユーモアのある方だったが、いろいろあったに違いない、人間そういうことだろう。

A Place in the Sun 『陽の当たる場所』という映画があった。モンゴメリー・クリフト、エリザベス・テイラー、シェリー・ウィンターズ。不遇な青年が社会的成功を求めて這い上がろうとするが・・・という筋立てで、ウィンターズの存在感が強く印象に残る。

ウォーカー・ブラザーズの”The Sun Ain’t Gonna Shine Anymore”なるヒット曲があった。スコット・ウォーカーのおどろおどろしい声が、ウォールサウンドの真ん中でそう主張すれば、終末感のみ。兄弟ではなかったのだな彼らは。

ああ、早く出でて晴れ給え太陽。あなたは私の太陽です。

猫の手を借りたのではないよーという画像

なるほど。近所の家の外に置かれたガーデニング用手袋を勝手に取ってくる猫と、それを持ち主に返したくて苦労する飼い主の姿が心に染みる感動の画像です。刺さってもよし。

建物にこっそり忍び込んで盗みを働く小規模な泥棒をCAT BURGLARと呼びます。BURGLARは「強盗」ですが、CATが付くと「こそ泥」となります。で、この言語遊戯は断念。この猫はただのTHIEFです。

しっかり左右そろえて咥えてきたものもあるなあ。英語では靴下と同じa pairで済むけれど、日本語だと「一足」vs.「1セット」さらに「ひと組」。「一双」なら一層フォーマルだにゃー。

近所にはFERAL CAT(野良猫さん)がクロちゃんという鼻の周りが黒いグレーっぽい猫が一匹しかいない。昔いた東京の家の周りには結構いたものだ。決まってやって来たのはダコタだった。人間は苦手なようで、触ったことがなかったが、それでも毎日のように訪問いただいた。分をわきまえた賢い野生動物と人間との共生として貴重な存在である野良猫FERAL CATたちがいなくなることは、果たして動物であるぼくたちにとっていいことなんだろうか?(修辞的疑問文)


The Harvest Moon

辻堂のテラスモールから出て見上げた空に中秋の名月が漂っていた。
秋分に一番近い満月を英語では「収穫の(満)月」と呼ぶ。9月より10月の満月がより秋分に近い場合には、それがHarvest Moonになる。Harvestの名は、数日間は月の出がほぼ同じ時間なので、秋作物の収穫が夜遅くまで可能になるから、とウエブサイトThe Old Farmer’s Almanacにある。この「ベテラン農家の年鑑」(とでも)は1792年初刊。暦、アドバイス、読み物などが収録されている。

The Harvest Moon is the Full Moon closest to the autumnal equinox. (September 22 or 23). Unlike other Full Moons, it rises about the same time for several nights, providing extended evening light. Historically, this extra illumination helped farmers complete their harvests before fall frosts.

その他、the Mid-autumn Moon(直訳)、the full September moon(ざっくりと)

紫蘇の花が咲いたよ

し損じたかな!と思うほど小庭に紫蘇を生えるままにしておいた。時折ぷーんといい香りがするし、葉や茎がいかにも元気に満ちていて、かつ今年も紫蘇の実を漬けようかなとぼんやり思っていたこともある。
 台風の翌日、久々の太陽の下に出てみると、白い花が一杯で、虫や蝶が忙しくしている。
 よ、皆さん、渋好み!と太鼓持ちのようになってパチパチ、いやハチハチ撮る。(一枚は蜂でないかも。無知かも)
 とにかく幸せな蜂を見るのは実に嬉しい。鎌倉時代末期のように世は「なめんだら」の様相、蜂らも危機一蜂の事態にいるからね。They are BEEtween the rock and a hard place.だ。駄じゃれ部を大文字で書きゃ世も末じゃ。

Happy bees, happy bugs.

下の画像の右上方にしじみちゃん。WIKIってみたが種類蝶多くわからない。派手な者が多いなあ。ラテン系ばかり。で、個人用に「地味しじみ」「グレーしじみ」とする。

太平洋の向こう。映画とはひと味違うKill Beesが”流行”。What’s BEEn BUGging me is this.

巨大データセンターは、周囲の湖水を干上がらせ、騒音で蜂のやる気を削ぎ、よって花咲かず実結ばず、それが直、人間の生存危機に繋がる大問題となっている。引越センターは足りないし、たとえ足りても行政センターの何千何万何十万個分の敷地を持つデータセンターが330何個あるのがこの州だという。テキサスが味方刺すか。「thanks to ナニナニ」の否定的な使い方も深い。こんなこたあ有り・難いことであろうがのうホレイショー。

イタドリの思ひ出 1

よく渡る橋のたもとにイタドリが群生している。

イタドリは「痛みを取る」という語源説が有力な植物で、

現在花期のピークだ。薬草として、食用としての歴史があるという。

 この美事な”雑草”は、14歳から2年ほど、姉、祖母と一緒に住んだ水戸市堀町の家の庭の片隅に生えていた。というのは姉の記憶で、ぼくはそのイタドリの茂みをほとんど何も覚えていない。
 巨大な収集癖のあったイギリスが、この草を持って帰り、Japanese knotweeds「日本節雑草」と名を付けて(まあ節があるので仕方がないとしても愛なき命名)、それが大繁殖した結果、現座までinvasiveだaggressiveだと呼ばれて忌み嫌われている。weedsと名付ければ愛でる気も起きにくい、芽出るばかりで。心にわびもさびもなくただ旅のお持ち帰り、あとは野となれ山となれか。There’s nothing British in the British Museum.というピリ辛のユーモアをどこぞで聞いたこともあるし、、、、、と悪口三昧になるのも、ぼくがこの花(あえて草と言わず)の華美に走らぬ姿を描いたある絵に、思い出や思い入れを持っているからかもしれない。


 

モリちゃんのユーモア

こちら昼近く、あちら午後8時近くの娘から電話。リキ君は自分の部屋。モリちゃんはママと一緒だ。話しながら写真を撮る。「モリちゃん、元気?」と尋ねると、しばらく下を向いて、そのあとGood.と言う。おお、2歳になっていろいろ覚え込んでいると感心。ぼくのことは「アポ」と呼ぶ。「アブエロ」(スペイン語)と言えないのでショートバージョンだ。語源はlittle 祖父で、grandpaのgrandが苦手な自分に合っている。

Say, “How are you, Apo?”.と娘に言われて、モリちゃんが

  How are you, Apo chan?

と言うので大笑いとなる。娘も、そしてモリちゃんも笑っている。やがて、Bye-bye, Apo.となる。

  I want to hold it.

と、アイフォンを手に持ちたいと言う。I Wanna Hold Your Handのビートルズレベルではないか。そしてスクリーンが

娘の声で、She’s giving you a hug.と。

  Thank you guys. You made my day.

とぼく。

秋晴れという言葉を忘れていた

友人がそんなことを言っていた。このところ天低く秋を乞う九月、こころ雨期々々だったところ、今日はオリジナルの天の高い日になった。獅子座のせいか自分は太陽と卵が好きだ。この際、獅子座も卵もお呼びではなく、スターは太陽。その光をベランダでしばらく浴びて「日光結構なんとか観光」を思い出した。脚韻三連発の名キャッチフレーズだった。その「なんとか」の部分が思い出せない。もう何デケイドも前の話だが流行ったね。まだ思い出せない。

the high clear autumn skiesと複数にするとポエティックになる。写真一枚単数でよろし。

In autumn, skies are high and horses fatten up.

そして食欲の秋

Ken T. w/ AI

まだ思い出せない、、、

A SIGHT WORD was spoken

娘から「リキがサイトワードを読んだ!」という報告があった!

ほらな、makeやateのようにな、aなんとかeという単語はaをアルファベットの通りに読む、oなんとかeなら「オウ」、iなんとかeなら「アイ」だよな、と中2のクラスでフォニックスの一端をフォニックスの名を使わずに、それとなく教えていただいたのは山口先生だったなぁ。それまで勘(のようなもの)でしか英語を読んでいなかった自分にとって、その決まりのようなものは、やがて英語を読む自信に繋がっていった。

ある芸能人がtheを「トゥヘ」と読んだという話をどこかで聞いたことがあるが、英語にはwhy、here、there、she、do、noなど、フォニックス的ルールでは読み切れぬ単語も実に多い。これらは「丸暗記」、いや「丸認識・丸読み」が薦められる。こうした語はSIGHT WORD、日本語でサイトワードと呼ばれている。

言語習得は、①「法則のようなもので読める」、②「パッと見で読める」、この2種のテクで円滑化する。

というわけで冒頭の娘のリポートに戻ると、これが一家を大喜びさせたのは言うまでもない。その単語はnoで、彼はそこからsoやgoをつかみ、donutをつかみ、doやtoがsoではないことをつかみながら、つかみにはまっていくのだなあと感じ入った次第。

妹のモリちゃんも兄のあとを追うのだろうなぁ。愛でたや愛でたや。

After the Storm

多くの被害を残して台風去り、月の出た深夜、橋まで歩く。

Calm views from the bridge.

Upstream.

Downstream.

Earlier, the canal in the storm

Later, after the storm

嵐に関するイディオムに、嵐の前の静けさ、嵐のあとの静けさ、がある。

  The town is going to be filled with tourists in an hour. This is the calm before the storm.(観光客ラッシュの直前のことを)
  After a storm comes a calm.(雨降って地固まるに比される)