November 11, 1620

400年前の今日は、現在の米国マサチューセッツ州の岬に、イングランド国教会から離れ、信仰の自由を求めて出帆した102名の人々が到着した日です。(時差の関係で、米国では明日がその日です) 季節的にタイミングが悪く、半年ほど収穫が獲られず、半数が亡くなり、翌年秋に収穫があり、感謝祭の起源になったという。このあたりから北米大陸に様々な境界線が引かれていくアメリカ物語のスタートとなります。

2つの名を持つ季節

お、もうすっかり秋。

放送センター横。

spring、summer、winterと違い、英語の「秋」にはfallとautumnの2つの名があります。
 元々イギリスで使われていた「秋」を表す言葉はharvest。ただ、harvestには「収穫」という意味もあり、その紛らわしさを解消したのが借用語のautumnでした。
 その後、詩的なfall of the leaf(「落葉・らくよう」でしょうか)という名が生まれます。
 「春」springは、spring of the leaf(葉が吹き出すイメージでしょう)が略されてそう呼ばれるようになりました。おそらくこの流れで生まれた雅語fall of the leafも同じ道を歩んでfallと略され、この2語のうちautumnが定着します。
 一方、この両語を携えて大西洋を横断し、新大陸に移住した人々の間ではfallが好まれて定着。autumnも使われますが、ちょっと襟を正したfallという印象があります。

 冒頭の驚きの言葉は
  Wow, (the) autumn/fall is in full swing.
とでも。


20世紀中庸の日本ではautumnで教わりました。

月を跳び越えた牛の新しい話

これまたLINEで拝見し、一葉お借りしてしまった。写真家の杉山さんが最近撮られた作品です。

                            Eikoh Sugiyama

個人的トップ3に入る映画『2001年宇宙の旅』の月のようなたたずまい。この白さ、黒さ、たまりません。ここに蕎麦屋があって、その二階から地球が見えて、バックに「美しく青きドナウ」が流れていれば、滞在したいほどの美しさ。
 月の斑点もはっきり。あの上部中央から向かって右下方へヨコに寝たV字のような部分が、英語島から眺める月だと、向かって左半分の上部に位置するような気がする。で、お、立った耳だ、そしてその下に体のような・・・と、”ウサギ”をより強く感じる。ただ、しばらく行っていないので確かなところは不明。それに自分のアイフォンではそのあたりを撮ることはできない。やはりこうしたキューブリック的レベルへ向かうには、高価な機器を不動に設定し、あとは期待と忍耐とにまみれなければならないのでしょうね。
 こんな月が地平線か水平線近くに浮かんでいたら、マザーグースの雌牛でなくても、いっちょう跳び越えてやろうと思ったりするのでは。と、終わろうとして、思い付く。いや、思い月ました。あの

  Hey, diddle diddle,
  The cat and the fiddle,     
  The cow jumped over the moon.

のmoonには牛の鳴き声が入っていた! それで牛だったのか。ああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!! 半世紀前にこの牛のライムと遭遇して幾星霜。その果ての2001年の名月に照らされて謎が解けるとは。MOO恨の至り。残念MOO念。

鹿は紅葉、さんまは目黒、moonはcowに限るということか。

馬でも羊でもTレックスでもいかん。じゃ、日本で月をジャンプして越える動物は何?・・・・・・ 日暮れまで話は月無いところだが、I have promises to keep. And kilos to go before I sleep.

杉山さんの名月からいろいろ出た出た。多謝です。
 
 

天地”名動”!?

また名詞が動詞になっていました。

「休暇を自宅やホテルなど一カ所にいて過ごすこと」staycationが、「休暇を自宅やホテルなど一カ所にいて過ごす」にもなることに。新聞のスペースの都合からでしょうが、do staycationよりも短い。How many times, the New York Times?

Sean Connery Memories

中学時代にDr. Noを見る。放射能を洗い流して食事に向かうあたりはハチャメチャであった。ケン・アダムの装置に驚嘆。小説(井上一夫訳)のボンドのイメージと違ったのは髪の量と笑顔。James Bond Themeはプラスチックのレコードプレイヤーで何回聞いたことか。これを”バック”に歩いた者は多かったに違いない。Englishmanの007がScottish accentを有することを当時は知る術も無し。

larger than lifeという人物造像を難なく作り上げることができる希有の俳優だった。そしsてHe had class.であった。こちらはI had classes.

90年代だったか、彼の物真似をする人が周囲に現れ始める。彼の英語に/ʃ/の音が多くなってきたからだ。それがSean Connery jokesにジャンル化した。特によく知られているのが:

  Q: When will Sean Connery arrive at Wimbledon?
  A: Tennish.

「10時頃」tennishとWimbledonのメインイベントを掛けたもので、答えを声に出して言えば、コネリーが/s/を/ʃ/と発音して、それがポップカルチャーに定着し、楽しまれていることがわかるでしょう。比較的楽にできるからかもしれませんが、ここまで声帯模写される俳優はほかにいないように思います。

ステレオタイプ化せずされず、よくやりました!

Resht In Peash, 007.

付記: 映画The Rockで、コネリーのダブル(アクション部分ほぼ)を演じたマイケル・ヴァンドレルさんは、英語島の友人でした。「座頭市」映画が好きで、仕込み杖のレプリカを生前に頂きそれが形見になりました。彼は『笠間の血祭り』が特に好きで、その影響でぼくも見直し好きになったほどです。日本が好きなマーシャルアーティストでした。コネリーの真似も上手でした。Rest in peace, Michael san.