鶴文乃さんの本

8月9日は私の誕生日であり、大好きな俳優の1人ロバート・ショーの誕生日でもある。そして作家の鶴文乃さんが1945年に長崎で筆舌に尽くしがたいほどの体験をされた日でもある。この本は、その体験を短い物語に凝縮し、お子さんたちが描いた挿絵と共に展開する。4年あまり前に頂いたこの物語をさきほど夜明け前に思い立ち初めて音読した。

中国語訳を読むのは有大問題であり、添えられた日本語の原文を声に出した。

英語版もありThe Song of Tokorotenとして出版されている。

私は45年よりあとに生まれたが、子どもの頃にこの日のことを知って以来、誕生日と長崎とを離して考えることはできない。「ピカ!」で、7万9千人の方々が犠牲となったという。

この物語を声に出して読めたこと、鶴さんに感謝します。

彷徨の方向へ咆吼

Wandering, Not Lostのトールキンハットが厳寒デビュー。


ROAR!

パソコンとマウス持ちふらりファミレスへ。ドリンクバーして食べて書いて原稿がはかどるの何のってあなた。昔ルノアールでよく書いたけれどあの頃は紙と鉛筆だった。

sunset sunrise

A Busy Sunset

ドビュシー、リヒャルト・ワグナーについて:A beautiful sunset that was mistaken for a dawn.

ロングフェロー: Softly the evening came /with the sunset/.

ヘミングウェイ: The Sun Also Rises

KT: The sun sets to rise to set to rise to set …

ゴキブリとリデュープリケイション

duplicate といえば書類の「副本」で、「複写・2倍にする」という意味もあり、これに「再び」という意味の接頭辞reを付けたreduplicationは「再重複」という、何だかくどいredundantな意味になる。(実は重複する大元をduplicantと呼び、それが繰り返されたものやそれに似たものが続いたものをreduplicantという)

シトシトpitter-patterなど、英語にも日本語にも見られる単語レベルの表現だ。日本語のそれは「畳語」と総称することもある。パタパタ、ピリピリ、ブルブル、ベロペロ、ポンポンなど、日本語では畳の目より多い。英語は完全に同じものの繰り返しをあまり好まない。pee-pee小、poo -poo大は幼児語だし、no-no禁句・禁じ手やgaga熱狂的やblah-blahベラベラ・なんとかかんとかなどは大人が使うがどこかお茶目で子どもらしさがある。chit-chatおしゃべり、hip-hop、zig-zag、flip-flopゴム草履などは”普通”である。その言語文化の特徴を崩すようなコーナーがスーパーやホームセンターに出現している。

さあ、このexact reduplicationの罠に英語国民がかかるか否か。すでにかかっているのか、I caught so many. It went hoyhoy.などと言い出すのか。ほんにほんに楽しみ也。

Green Book

『グリーンブック』は黒人の名ピアニストと、彼が雇った白人の運転手の二人三脚映画buddy movieである。良い映画にはどこか寓話的なムードが漂うが、イソップの教訓moralのように痛みを見つめる教えで終わらないところがイカす。ロードムービーであり、車が止まるごとに起こるひとつひとつの出来事が、50年代の不条理な世相を無理なくスライスしてサプライズと共に次の事件へ運んでくれる。見終わって拍手しそうになったのは『シンゴジラ』以来か。最後にどこか暖かいところへ連れて行ってくれる映画。

個人的な感動名場面: ピアニストが運転手に早口言葉Betty Botterを使って発音矯正をしようとするところ。見所である。

これはこちらのbuddies。

At the Register

スーパーのレジのカウンター。 小切手を切る人の為のサインだという。こちとら西暦と和暦のダブルでテーヘンだいと思っていたのだが、西暦のみの人々もそれなりか。年が変わったばかりだし。

21世紀になってしばらく経つが、私など19―と書き始めてしまうことが今でも結構ある。196―と60年代までいくこともある。電話は黒が家、赤が外。タイプライターを打っていた頃。氷屋が来なくなった頃。

トールキンの野球帽

ベースボールキャップが好きになってからもう10年近く経つ。太古、小学生の頃、絵の塾があった幼稚園の園長さんが監督になって、野球チームが結成され、ジャイアンツの広岡が好きだった私に、親が背番号2のユニホームまで作ってくれた。今はウォーキングや買い物はもちろん、家の中でも被っていることが多い。なんだか、チャーリー・ブラウンの友だちライナス君の安心毛布security blanketのようなところがあるのかもしれない。

ターゲットスーパーマーケットで見つけたのがこれだ。

「さすらっている、迷ってはいない」。これを被ってウォーキングとはしゃれている。

数日後、ぶらぶら本屋をうろついていたところ、このカードが目を引いた。なんと――

さまよう者すべてが道に迷っているわけではない。

そうか。ターゲットの帽子はここから来ていたか。これといった目的もなく本屋を彷徨していた私がEureka!となった。いかすじゃないか、トールキン。

樅の木はたくさん残った

クリスマスの期間は12日。1月6日が最後になる。関東の松の内も6日あたりで松ヶ枝の供養をすることもあるが。

英語島では本土から輸送された樅の若木が12月に販売される。


人気なのは枝が見えにくいnoble firノーブルモミだ。

そしてご用済みになったモミは、住民がそれぞれ車でゴミ集積所に運んでくる。

年末に処分する人もいる
ブルドーザーが整える
環境保護の意識がある人をFIRiousにするモミの山
All fir Christmas …

こうしたツリーに関し、この島では粉砕して園芸・農業用のマルチ(土壌被服材)にする。ひとつのリサイクル法ではある。