リスニング力のある八百屋さん

朝10時開店の八百屋地区。

セロリジュース党には夢の一本丸ごと提供。今朝も愛を知ろしめる県より。その名も 「セルリ」で celeryに最接近音。「ウエスケ」whiskey/ whiskyや「ラムネ」lemonadeを産んだ日本の耳がここにも。カミサンがよく行くからか。

ときめくもの

整理整頓tidying upのアドバイザー近藤麻理恵さんが英語島でも話題になっていた。

Keep the things that spark joy. ときめくものはとっておく

これが合い言葉になっている。「喜びの火花散る」か・・・。それが、部屋整頓中の自分の助けにもなるかもと思って帰国した私の前に引っ越しの度にトラックに積まれる開かずの段ボール箱たち。それらを開けている。 と、出てきたのが1963年に見に行った『駅馬車』のプログラム。日比谷映画。ジョン・ウェインである。 アメリカの俳優の中で最も短い名前で覚えやすいのも人気の一因だったのか。そういえば、英国ハマープロダクションの怪優Christopher Leeには、映画館に足繁く通った高校時代にお世話になったが、10年ほど経って、知人のお子さんが彼のことをクリスト・ファーリーと呼んでいたのはかわいらしかった。長い名は大変である。これがそのプログラム。

そうか。高倉健とジョン・ウェインを比べたことがあったが、この面構えは健さんだ。そういえば高倉氏は『駅』という映画にも出ていたな。それはともかく、この映画を見に行ったぼんやりした記憶にときめいて、日比谷映画の名にもときめきのときとなり、このプログラムはIt’s a keeper.である。もうひとつ。ナタリー・ウッドのこれ。

も同じ理由でキープ。『ウェストサイド物語』よりあとだけれど、個人的にはこれが最初に見たミュージカル映画。ロザリンド・ラッセルの歌うEverything’s Coming Up Rosesも印象的で、それが超有名な芸能界賛歌で、かつイディオム表現であることを光年直り後年に知った。その歌の最後。

And nothing’s gonna stop us ’til we’re through! Honey,

Everything’s coming up roses and daffodils!

Everything’s coming up sunshine and Santa Claus! 

Everything’s gonna be bright lights and lollipops!

Everything’s coming up roses for me and for yoooooou!

鶴文乃さんの本

8月9日は私の誕生日であり、大好きな俳優の1人ロバート・ショーの誕生日でもある。そして作家の鶴文乃さんが1945年に長崎で筆舌に尽くしがたいほどの体験をされた日でもある。この本は、その体験を短い物語に凝縮し、お子さんたちが描いた挿絵と共に展開する。4年あまり前に頂いたこの物語をさきほど夜明け前に思い立ち初めて音読した。

中国語訳を読むのは有大問題であり、添えられた日本語の原文を声に出した。

英語版もありThe Song of Tokorotenとして出版されている。

私は45年よりあとに生まれたが、子どもの頃にこの日のことを知って以来、誕生日と長崎とを離して考えることはできない。「ピカ!」で、7万9千人の方々が犠牲となったという。

この物語を声に出して読めたこと、鶴さんに感謝します。

彷徨の方向へ咆吼

Wandering, Not Lostのトールキンハットが厳寒デビュー。


ROAR!

パソコンとマウス持ちふらりファミレスへ。ドリンクバーして食べて書いて原稿がはかどるの何のってあなた。昔ルノアールでよく書いたけれどあの頃は紙と鉛筆だった。

sunset sunrise

A Busy Sunset

ドビュシー、リヒャルト・ワグナーについて:A beautiful sunset that was mistaken for a dawn.

ロングフェロー: Softly the evening came /with the sunset/.

ヘミングウェイ: The Sun Also Rises

KT: The sun sets to rise to set to rise to set …

ゴキブリとリデュープリケイション

duplicate といえば書類の「副本」で、「複写・2倍にする」という意味もあり、これに「再び」という意味の接頭辞reを付けたreduplicationは「再重複」という、何だかくどいredundantな意味になる。(実は重複する大元をduplicantと呼び、それが繰り返されたものやそれに似たものが続いたものをreduplicantという)

シトシトpitter-patterなど、英語にも日本語にも見られる単語レベルの表現だ。日本語のそれは「畳語」と総称することもある。パタパタ、ピリピリ、ブルブル、ベロペロ、ポンポンなど、日本語では畳の目より多い。英語は完全に同じものの繰り返しをあまり好まない。pee-pee小、poo -poo大は幼児語だし、no-no禁句・禁じ手やgaga熱狂的やblah-blahベラベラ・なんとかかんとかなどは大人が使うがどこかお茶目で子どもらしさがある。chit-chatおしゃべり、hip-hop、zig-zag、flip-flopゴム草履などは”普通”である。その言語文化の特徴を崩すようなコーナーがスーパーやホームセンターに出現している。

さあ、このexact reduplicationの罠に英語国民がかかるか否か。すでにかかっているのか、I caught so many. It went hoyhoy.などと言い出すのか。そこそこ楽しみ也。

Green Book

『グリーンブック』は黒人の名ピアニストと、彼が雇った白人の運転手の二人三脚映画buddy movieである。良い映画にはどこか寓話的なムードが漂うが、イソップの教訓moralのように痛みを見つめる教えで終わらないところがイカす。ロードムービーであり、車が止まるごとに起こるひとつひとつの出来事が、50年代の不条理な世相を無理なくスライスしてサプライズと共に次の事件へ運んでくれる。見終わって拍手しそうになったのは『シンゴジラ』以来か。最後にどこか暖かいところへ連れて行ってくれる映画。

個人的な感動名場面: ピアニストが運転手に早口言葉Betty Botterを使って発音矯正をしようとするところ。見所である。

これはこちらのbuddies。

At the Register

スーパーのレジのカウンター。 小切手を切る人の為のサインだという。こちとら西暦と和暦のダブルでテーヘンだいと思っていたのだが、西暦のみの人々もそれなりか。年が変わったばかりだし。

21世紀になってしばらく経つが、私など19―と書き始めてしまうことが今でも結構ある。196―と60年代までいくこともある。電話は黒が家、赤が外。タイプライターを打っていた頃。氷屋が来なくなった頃。