大寒の大根と松田先生

一昨日、目黒八中2年E組の担任であられた松田守隆先生から蜜柑と大根の漬け物をいただいた。

 2Eには8ヶ月ほど在籍し、運動会が終わった頃に7年住んだ東京から水戸へ移った私は、大学通学でまた東京へ戻るまで、入試情報なども含め、お手紙やアドバイスを頂いた。先生はその後、故郷である愛媛県に移られた。クラス会に一度顔を出しただけの私に20数年が通り過ぎたころ、突然電話があり、先生が拙宅にいらっしゃることになった。気になった生徒のところまで距離を厭わず足を運ばれる方であることをそのあと知った。
 ご担当の職業家庭の時間に製図の課題が出た。原図はモーターの断面図で、その上にトレーシングペーパーを敷き、烏口コンパスにインクを足しながら線を引いて写していく。ところが何度やっても途中で烏口から墨が漏れてしまい、繰り返しやり直すうち朝になっていた。生まれて初めての徹夜、あの体がほてって浮くような新しい感覚。登校し、出来なかったことを伝えると、もう少し頑張るようにと仰った。「融通を効かせてもらう」という実体験の記憶はこれが最初だったように思う。徹夜をしたんだからという自負のようなものも手伝って、その翌日だったか翌週だったか、とにかくやっと完成したトレーシングペーパーを提出することができた。木製の折りたたみスツールを作ったのも先生の授業であり、それはまだ持っている。
 先生に訪問いただいた数年後、私はNHKラジオの番組を担当することになり、高知市で講演があった折に、先生が当時校長をされていた中学校へ招かれた。高知駅から土讃線に乗り四万十川を越え、中村線に乗り換えて終点で下りると笑顔の先生がいらした。そこから愛南までドライブしていただき、初対面での英語、廊下ですれ違うときの英語、エレベーターを使うときの英語などなど、生徒さんたちと舞台で練習などして講演を終えた。お宅では奥さまにお目にかかり、鰹料理をごちそうになり、泊めていただき、翌日はまた駅まで送っていただいた。
 先生は広い畑で野菜を作っておられる。最近は渡り鳥や猿の盗賊団が襲来するそうで、時々電話で話を伺う。被害にあう野菜も多ければ残る野菜も多いようで、いただいたのはラッキーな大根に違いない。先生は私より10年多く生きていらっしゃる。僕が10年後にこの世にいて、自作の大根で漬け物を作れるかなと考えた。声の張りにほとんどお変わりがないのは凄いことだと思ったり、大学ご卒業後の最初の担任クラスが我々であったこと、教えるクラス2年分の生徒名を全て覚えられたという伝説や、先生主導でE組が運動会に優勝したあの瞬間のことなどを思いながら、タッパウエアに入ったこの漬け物をポリポリといただいている。
 愛南のお宅の夜、私がトレーシングペーパーと烏口コンパスの思い出を話すと、先生が「あれはなあ、ぼくも授業の前の日まで練習したんよ」と仰った。有り得ない一瞬。とても暖かいものが私の胸一杯に流れ込み、爾来消えない。
大寒直前の、冷蔵庫に入れても暖かい大根。柚が何ともよく効いて。
 Why don’t 柚 it yourself?ですか? 大根を育てること以外は真似できるかもしれません。

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