Why, a four-year-old child could understand this report. Run out and find me a four-year-old child. I can’t make heads or tails out of it.(なあんだ、このリポートは4歳児にだってわかるじゃないか。ひとっ走りして4歳児を一人見つけて来なさい。私にはちんぷんかんぷんだ)
をひねったもの。
仮定法なんて試験をパスすればあとは要りません。現実の話こそ・・・という話をよく聞く。
I wouldn’t go to the event.(私ならそのイベントには行かないなあ)
I won’t go to the event.(私はそのイベントに行く気はない)
最初が仮定法の物言いで、私がその立場だったら、という設定をした上での話であることがわかる。冒頭の
a four-year-old child could understand this report.
次はMark Twain in Paradiseという出版物からの引用文のようだが、彼の”パラダイス”観が垣間見えて興味深い。
There are no newspapers, no telegrams, no mobiles, no trolleys, no trams, no tramps, no railways, no theatres, no noise, no lectures, no riots, no murders, no fires, no burglaries, no politics, no offences of any kind, no follies but church, & I don’t go there. – Letter to Elizabeth Wallace, March 10, 1910
ローリングストーンズのドラマー、チャーリー・ワッツが亡くなったというニュースで、ローリングストーンズがなくなったと一瞬感じたのは僕だけではないだろう。思えば彼はストーンズの立派な心臓であった。彼の打ち出す正確きわまりない強いビートのせいで、それまで普通に流れていた血液は、波打つように体内を駆け巡り、いても立ってもいられない気分にさせてくれた。その彼はというと、他のメンバーたちのようなスタンドプレイを一切しないという駄洒落を言わずにはいられない特異な存在だった。いつも公園に必ずやって来て皆としっかり遊んでは静かに帰っていくことを繰り返す無口で家のよくわからない子のようなチャーリー・ワッツ。バンドの仕事はジャズ演奏への情熱の火を絶やさぬための生業day jobだという割り切りの良さ。一度、フロントマンのミック・ジャガーが彼をMy drummer.と人前で呼んたとき、He’s my singer.と言い添えたという逸話も実話っぽい。あなたのビートに乗ってよく人生や心のあちこちを歩かせてもらいました。外風呂でラジオを大きくして聞いたSatisfactionから続くビート。こちらのハートが止まるまで打ち続けるでしょう。R.I.P.