「ラジオ英会話」から the wayの利便性 思い込み訂正用『追憶』主題曲替え歌と共に

8日(木)のダイアログAnti-aging Cream(抗老化クリーム)では、

It reduces 50 percent of your wrinkles within a week.(1週間以内にしわの5割を減らすのよ)

と伝える女性に、友人の男性が、

You’re beautiful just the way you are.(あなたはただそのままで美しいですよ)

と応えます。ビリー・ジョエルの歌Just the Way You Are「素顔のままで」が想起されます。歌詞の決めぜりふは、

I love you just the way you are. (あなたが在る様・そのままの姿を愛している)

ちなみに、この歌には、Don’t go trying some new fashion. / Don’t change the color of your hair….

何も変えないで欲しい、そのままがいい、という要求があるのですが、何だか相手を縛る歌でもあると思えたり(別の服や髪の色も試してみたいのではと思うわけで)、ジョエル氏の激情的なパフォーマンスの中にcontrol freak(仕切り魔、支配型)を感じたりして、あまり歌ったことはありません、とても綺麗な曲ですが。

『追憶』は、男女の学生時代の公民権運動や反ベトナム戦争の活動をbitter sweetな思い出として描いた青春映画・・・? ではなく、第二次大戦からマッカーシズムの時代を舞台にした青春映画でした・・・ ああ記憶が脳をすべり落ちる、パステル色に煙る記憶はどこへ行くのでしょう・・・ ♪Memories slip off the corners of my mind…  Where do misty water-colored memories go…?   That’s the way I feel…♪

気を取り直して、原題が、

The Way We Were

私たちのあの頃の在りよう・生き方・生き様、あの頃の私たち、私たちのあの頃、といった訳が可能です。この

the way+節

大変便利で会話で大活躍します。節の動詞を変えて、

I like the way cats sit.  It’s so graceful. (猫の座り方が好きです。とても品があります)

The way the papaya tree is growing, we’ll have some papayas in a couple of months.(パパイヤの木の伸びている様子から見て、2,3ヶ月先にはパパイヤが採れるよ)

The way things are going, we may have a good year.(この調子だと、いい年になるかも)

The way I see it…. (私の見るところでは・・・・)

好きな歌The Way You Look Tonightには、

Someday when I’m awfully low and the world is cold, I will feel a glow just thinking of you and the way you look tonight.(ぼくがいつかある日、ひどく落ち込み、世間が冷たく感じるとき、きっと暖かくなる、きみと、今宵の君の姿を想って)

と、なかなかの優れもののパターンです。

2015-04-11 005 The way she looked the other morning.

 

石川雅英さんのエッセイ集 

東京西麻布の洒落た居酒屋「権八」をはじめ、イカす(50年代語で恐縮)作品を設計なさる建築家・石川雅英さんが、初めてのエッセイ集「旧帝国ホテルのクリームソーダ」を出版され、モダンリビングで紹介されました。世界各所の建築事情に大変詳しい方で、当方のサロンにも常に面白いお話を持ってきてくれました。私は以前からフランク・ロイド・ライトのファンですが、日本では雅さんです。本の”設計”もまたイカしています。

モダンリビング掲載

アーキテクツオフィス: http://www.rvstone.com/

 

MBI ファミリーデイ

昔10年ほど英語自己表現コースを担当していたMBI(Multinational Business Institute)の同窓会に招待されました。1ヶ月間社のデスクを離れて国内研修、続いて米国、欧州でそれぞれ1ヶ月ずつ研修という、とても変わった3ヶ月コースで、そのうちの国内研修で合計700名近いビジネスパースンズを教える機会を頂きました。86年から約10年、優秀な企業マン・ウーマンの皆さんに英語でああSayこうSayとアドバイスしていた自分が信じられない気持ちです。

会場は東大の本郷キャンパスにある記念館。参加者の卒業生とご家族(の一部)です。

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現在東大EMPという別のコースを担当していて、同じ建物で教えることがあるのですが、その地下2階にこんなホールがあるとは知りませんでした。東大もと暗しです。

近況報告をしています。(ジャズを歌っているのではないのが残念)

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好きな和英混淆駄洒落をひとつ。うまくいきました。

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名かつ名物ディレクターの菅野妙子さんの横に割り込むよう指示されて記念撮影です。

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参加者やそのお子さんの中には拙番組を聴いていた・聴いているという方もいらして94年から電波上で教えていて良かったと思う嬉しいモーメントが多々ありました。81年から11年教えた「ラジオ百万人の英語」の話も飛び出して驚きました。そしてお孫さんへのアドバイスまで求められ、頑張らねばと思った次第の楽しい会でした。

迷語録の元祖ヨギ・ベラ逝く 

何々ismとは通常「何々主義」と訳されます。が、誰々ismsと言うと「誰々迷語録」となります。この点について掲載のある辞書はあまりないのですが、直訳すれば「誰々主義」となるので納得しやすいのではないでしょうか。迷言のひとつひとつが誰々ismで、それが集合したものというわけです。(このismの使い方には、からかい半分的ニュアンスが反映されています。)

先月亡くなった元NYヤンキーズ捕手のヨギ・ベラは、その活躍に勝るとも劣らぬYogismsで有名でしたし、これからも迷語録の元祖の一人として米国の、広くは英語圏の大衆文化に存在し続けるはずです。

Yogiはsandlot baseball(草野球)時代、ヒンズー関連の映画に出ていたヨガの行者に似ていたことから付けられたニックネームだと、ウェブサイトYogi Berra Museum Learning Center(ヨギ・ベラ博物館学習センター)http://yogiberramuseum.org/about-yogi/にあります。彼はイタリア系ですが、確かに野球をしている写真を見るとヨガの先生のように見えなくはありません。

捕手の言葉と言えば日本ではノムさんこと野村克也語録が有名ですが、ヨギ・ベラの語録にあるのはすべて一見理屈の通らないものばかりで、大向こうをうならせないところが大人気の源です。代表的なものが、英会話でIt ain’t over….と言えば、till it’s over.と返ってくるほど有名な

It ain’t over till it’s over.(終わっちゃいないぞ終わるまでは)

そして

If you come to a fork in the road…take it. (二叉路に来たら・・・そのまま行け)

Hmmmmmmmm.(う~~~~む。) これは私の反応語録からのものですが、英語にthink out of the box(箱から出て考える)、think outside the box(箱の外で考える)というフレーズがあります。彼の迷言は全てこの箱の外(それもかなり出た)発言かもしれません。

You can observe a lot by watching.(じっと見ることで沢山観察できる)

これなど捕手としての視点からの発言でしょうが、語彙不足的(笑)ともなりそうです。

Always go to other people’s funeral. Otherwise, they won’t come to yours.(他人の葬儀には必ず行け。さもないと自分の時に来てくれない)

Pair up in threes.(3人ずつペアになってください)

このあたりまで来ると、他の迷語録と同じで、いろいろなライターが勝手に加えた感じもあります。

ヨギ・ベラたちのおかげで、英語迷語録をもとに自らの語録を作る癖が未だに抜けない私ですが、ここでヨギに触発された昔の自作を。

If nobody comes to my funeral, don’t worry, I’ll be there.(誰も私の葬儀に来ない場合、心配しないでいい、私が出ます)

それはともかくthinking out of the catcher’s boxを実践したヨギ・ベラの、行者を越えるほど深遠かつ淺近なる迷言群に感謝します。Here’s a smile for you from the bottom of my heart.(?)

BBCのオマージュは、https://www.youtube.com/watch?v=iV0Smtof8zQ で。

166, Yogi.

 

 

覚え易い! 大統領たちのレトリック

何度目になるのか、映画JFKを見ました。オリバー・ストーン監督の大作で、ケネディー大統領暗殺の真相を探る男の物語。主役のケヴィン・コスナーは役者としてgood listenerであると言われますが、これは「ラジオ英会話」を聴いてくれているわけではなく、他の役者のセリフや動きに的確に反応する俳優を指します。彼は終幕までひたすら意見を聞き、情報を調べ、悩む抜くのですが、一転して最後の法廷シーンで、アメリカに残されているはずのjustice(正義)について一気に熱弁を振るう姿が印象的です。そこには米国の良心とされる名言がいくつも引用されていて、どこか学生の発表のような印象もあるけれど、勧善懲悪に弱い(I’m a sucker for poetic justice.)ぼくは、いつも感動して見終わります。

感動といえば、高校時代ケネディー大統領の就任演説を暗記したときに、心踊る箇所がいくつもありました。中でもあの有名な、

Ask not what your country can do for you; ask what you can do for your country.(国があなたたちに何ができるかを問うな、あなたたちが国に何が出来るかを問え)

は素晴らしく、前半にある語を複数ヒックリ返して後半とするこの方法が大変覚え易いことに驚き、かつ何度も口に出してその”反転の興奮”を感じたものです。

これを、言葉をどう操って人を説得するかという学問である修辞学(レトリック)では「倒置反復法」antimetabole(アンティメタボリー)と呼びます。この方法は覚え易く、印象深く、分かり易い、つまりレトリックの目指すpersuasion(説得)にピタリです。次は、このケネディーの言葉に応えるかのようなオバマ大統領の言葉です。

You stood up for America, now America must stand up for you.(あなたたちはアメリカのために立ち上がった、今度はアメリカがあなたたちのために立ち上がらねばならない)

同じ米国大統領でHonest Abeというニックネームのあるリンカーン大統領で、次のように、結論に否定形を用いることでよく知られています。

Government of the people, by the people, for the people shall not perish from the earth.(人民の人民による人民の政治は地上から消滅するものではない)

また、彼の言葉とされる次の名言も否定形で終わっています。

You can fool some of the people all of the time, or all of the people some of the time, but you cannot fool all of the people all of the time.(一部の人を常に騙したり、全ての人を一時期騙すことができるが、全ての人を常に騙すことはできない)

最後にKOSブログとして気になるのが倒置反復法式の次の言葉です。

We don’t stop smiling because we grow old, we grow old because we stop smiling.

田邊祐司さんの新刊

Asahi Weeklyに連載していた記事をまとめた田邊祐司先生の新刊『一歩先の英文ラインティング』が出ました。

巻頭に、大学入試の影響について、「難解な語彙(big word)の暗記と読解に明け暮れがち・・・その結果、いざ自分の意見や考えを文にして示す必要が生じても、文法・語彙的には正しいが、どこか違和感のある英文を書いてしまうことになる。もう一歩先が足りないのである」とあり同感です。

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基本的な語を使い、big wordを(専門語以外は)避けながら、リズムのある生き生きした英文を書きたいという方にお薦めします。

 

 

右も左もRやLじゃあござんせんか

/r/の音はハワイ語にはないので、ハワイの地名、道路名、人名などの発音はそれほど苦労はしません。たとえばMerry ChristmasはMele Kalikimakaで、母音が強く、l音も強めですが、メレ・カリキマカと、ぼくでも読める。英語が入ってきてから、ハワイの人々は/r/の発音を覚えたのでしょう。

さて、green waste(緑のゴミ)はピックアップトラックに積んで捨てに行くのですが、本道からturnoffに入り、200mほどでtransfer station(集積所)があります。その区間にあるsigns(標識、看板)の写真を撮ると、RとLがあちこちに。見て読めるのは大変良いのですが、見て言えるのはなお良い。あちこちに出現するubiquitousなこの2音。問題なく出て来るまで練習台にどうぞ。

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今日の『ラジオ英会話』 無冠詞のface イディオムを見つめて 3

「バツの悪い思いをする」 Having an Upsetting Momentというタイトルのダイアログです。冒頭に女性が、

I lost face at work. (職場で恥をかいてしまったわ)

と言います。lose face(直訳:顔を失う)に一番近い日本語表現に、「面目を失う」があります。

この英語表現は中国語に由来するとして、The American Heritage Dictionary of Idiomsには次の説明があります。

Be embarrassed or humiliated, especially publicly. For example, Terry lost face when his assistant was promoted and became his boss. Both this expression and the underlying concept come from Asia; the term itself is a translation of the Chinese tiu lien and has been used in English since the late 1800s.

ある中国語表記には「失面子」があり、これは日本語が「面子を失う」として借用吸収。

faceは無冠詞です。lose a faceだと「あるひとつの顔」、lose the faceなら「その顔」となり、実際に誰かの顔をなくす生々しいイメージが浮かぶ。lose my faceだと、怪談「むじな」で、シニアの男性を夜更けの紀伊国坂で死ぬほど怖がらせるノッペラボウの蕎麦屋的現象が自分に起こることになる。というわけで概念的象徴的な無冠詞・無所有代名詞の”手”が施されています。

ちなみに「面目を保つ」という意味のsave faceという表現もあります。

11 8月4日 遠山顕先生 092 (1) 八雲作「むじな」  自分の顔を失って相手の肝をつぶす趣味の悪い蕎麦屋を語るYours Truly

今日の『ラジオ英会話』 eyeかeyesか イディオムを見つめて 2

複数の概念のほぼない母語を持つため、英語の単複意識の”うるささ”に閉口するという体験は誰にもあるのでは。ただ英語のイディオムに関して言うと、実にいい加減な、あるいは不可解なカウントをしているものが多い。今回の職場でのダイアログでは目を使ったイディオムが次のように使われている。

Smith and I don’t see eye to eye.(スミスとは意見が合わない)

これなど、see eyes to eyesと言ったほうが意見がもっとぴったり合うと思うのです。ただ、冠詞ナシの名詞は、概念を表すことがある。これなど理解という概念を目に託するといった”気分”で成立しているのかもしれない。それに言いやすさ、これも大事です。eye to eyeはやはりずっと言いやすい。これはどうだろう。

Could you keep an eye on this suitcase for a minute?(このスーツケースを少しだけ見ていてもらえますか?)

これは明らかに現代日本語で言えば目1個である。もう1個はどうするのだろう。これなど、お忙しいところ恐縮ですが、ひとつ貸してくださいな、という感覚なのかもしれない。複数よりは言いやすいし、複数だと生々しい感じもする。そういえば、

Would you lend me a hand with this table?(このテーブルを運ぶのにちょっと手を貸してくれますか?)

にしても、本当は両手を借りたいに違いない。ただ、これにも一種の遠慮がありそうだ。次のイディオムはやはりこのまま複数がよいでしょう。

She cried her eyes out.(彼女は大泣きした)

これ、両目が流れ出るほどというイメージ。

You’re a sight for sore eyes.(あなたは眼福です)

疲れた目を癒やすような、保養的な景色があなただ、ということ。こうなるとやはり両目でしょう。よく人に使いますが、ものでも大丈夫。こうしたsightはどこにでもあります。個人的には夕景がほっとします。たとえば量販店での買い出しが終わって外に出ると駐車場が。

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今日の『ラジオ英会話』 earかearsか イディオムを見つめると

月曜日のDinner Guestは、貫一はお宮に対する怒りの気持ちを誰彼かまわずしゃべりたてるから、彼をディナーに招待するのはよしましょう、という結論に達するまでのダイアログです。

尾崎紅葉の超人気小説『金色夜叉』、The Golden Demonは新聞に6年間連載されたという。私の幼少時代には、「熱海の海岸散歩する貫一お宮の二人連れ・・・」という歌や「今月今夜のこの月を僕の涙できっと曇らせてみせる」といった小説から(らしい)のセリフが流行り、何と歌ったり言ったりしていたことがありました! 家や学校や友達と道で日本語のリズムを体感していたのでしょう。学生服・学帽・マントの男性が着物姿の女性を下駄を履いた足で蹴るという、砂浜ではやりにくそうなとてつもないスタント場面が有名。熱海では砂浜でなく道路になんとその場面の銅像があるらしい!

ハイヒールのお宮が・・・というイメージの逆成も考えられるけれど、金色のデーモンはこのくらいにして、重要表現が、

He’ll talk your ear off about his problems. 彼は自分の問題を誰彼かまわずしゃべり立てます。

このearですが、傾ける耳、というイメージで単数でイディオムを形成しています。

お昼に時々行くお弁当屋さんのご主人は、「先生、ラジオ聞いていますよ。歌がお上手ですね」と仰るので、おかずのパックまで買ってしまうのだけれど、そのお言葉は、

Music to my ears.

これは美しき楽の音のように両耳に入って来る、どんどん聞きたい、という感じのイディオムであり、同じ複数の、

I’m all ears.  是非聞かせてください。

もまた私は全体が両耳であるというイメージでイディオムとなっています。

Little pitchers have big ears. 子どもは大人の話をよく聞いているものだ。

これはことわざ。小さな水差しには大きなears(取っ手、複数であるところがミソ)があるというイメージを地獄耳(big ears)と掛けています。文法面から見ると、水差しにはearはひとつで、例えば普通の水差しの場合、それを複数にし取っ手を単数にして、All pitchers have an ear.と言えますが、ここでは、わざわざ複数にして、”ただの水差しではないぞよ、大きな耳がふたつ付いているぞ”と水を差すわけです。

言葉は、ルールや理屈を平気で飛び越えるいたずら者ですが、そのまま丸ごと覚えなさい、と自分に言い聞かせずに、じっと見つめる時間も持つことで、安定した言語生活が送れます。

031I’m all ears.という耳なのに大声で呼んでも目を開けないBlonderの日常言語生活態度。About 80 years young.