At Gokurakuji

前回来たときよりも整った雰囲気が境内に漂うのは、写真撮影御法度の看板がなくなったことと関係があるのだろうか。庭師の方が大活躍のようだ。地面に落ちた百日紅(さるすべり)の花弁まで掃き寄せられている。こりゃ勿体ないと思う極楽寺の朝は曇り。気温まで散歩に丁度よい。
何十年と来ているが、三猿に気付いたのは初めてのような。

上に青面金剛、仕えるのが下の三猿だという。長い間、石のような意志で座す。

日本語: 見ざる 聞かざる 言わざる
 英語: See no evil, hear no evil, speak no evil.

と同順。
この庚申塔では、右からこの順だから、”古い”並び方か。
日光の三猿は、やはり右から、見ざる、だが、次が、言わざる、最後が聞かざるになる。日光の影響か、真ん中が言わざるになるトリオも多い。
”最近”のものは左から並んでいる。

ワープロの悪戯: 見ざる 着飾る 言わざる

そして CRAPE MYRTLE サルスベリ。

以前より手が入っている感じ。しっかり支えられてサルスベラズ。

新たに、極楽寺梅干し、があるようだ。拝観無料。My little heaven. 
紫蘇のような花咲く草が樹下にあった。

葉をこすったら紫蘇の香り。お寺の紫蘇とはこんなに綺麗なものなのか。このまま素麺とかき込んだら美味紫蘇。

Parsley, Sage, Rosemary and Caterpillar

アゲハは羽を立てて(揚げて)とまるからそう言われるという。その前に、歯を立てて葉を食う。
中2の担任であられた松田先生は、リタイアされ、お宅の畑に出て来る猿たちに作物を取られ食べられながらも負けず実にお元気で生きていらっしゃる。だから、アゲハチョウのイモムシの一匹や二匹騒ぐものではないが、大騒ぎで撮りました。(取らなかったが。)おかげで半分やられてしまった。パセリ死せり。Parsley passes.

芋虫よりイモムシのカタカナ響きに近いのが、このネオン付きの勇姿なのだ。風の谷でも活躍していたが。あれは正義のイモムシ。こちらはパセリ泥棒に近いが、立派になる前だからなと虫躇。

小雨の中を虫や虫やと食べおる主はCATERPILLAR。語源は”cat”+”shaggy” で、shaggy(毛がふさふさな)であるから、毛虫に近いが、英語では芋虫も同じ。おかげでこちらはCATASTROPHE(大惨事)を迎えたが、これは”down” +”turn”。

つまんで友人のショウリョウバッタの草地にでも行ってもらおうか考え虫。松田先生との話題が増えたのは〇。

夜想です

5分の散歩に出る。9月10日に変わった夜。涼風が吹いてくる。本当に久しぶりのそよ風。遠く過ぎた日々、永遠のようなあの静かな夜たちを思い出させる風。その永遠はしばらく続き、私はミニストップに着いた。

I went out for a five-minute walk.
The night had turned into September 10.
I found myself in a cool breeze-
The first such breeze in a long time.
The kind that reminds you of the days long past,
Of those quiet nights that felt forever.
The eternity lasted awhile-
Then I got to Ministop.

OLD PHOTO OF THE GREAT CONTROLLER OF TIME SECOND ONLY TO ETERNITY

RECENT SHOT OF A FRIEND WHO HAS UNTIL WINTER LIKE ALL THE OTHERS

「コロナ太り」「1回生太り」

Quarantine(隔離、検疫)は「クゥォランティーン」と発音し、アクセントは「クゥォ」にあります。self-quarantineは「自主隔離」で、海外に出られたとしても、行き帰りには、You need to self-quarantine for two weeks.となる。
 この「ティーン」が気に入られたのか、日本で言うところの「コロナ太り」を英語では

  quarantine fifteen

と呼ぶようで、fifteenはポンド(約0.5kg)数。
 GAINを使えば、
  I gained quarantine fifteen.
と言う。

 正確な数字は別の話だが、韻を踏むのが味噌。

 英語には、韻を踏まない
  freshman fifteen
もある。こちらは

 「大学1年太り」 「1回生太り」

 入学・安心・食べたり飲んだり・・・というプロセスが想像される。
豪州では
  Fresher five
というようだ。ただ、この5はキログラム数。

Bran Prix?

どこまで続くぬかるみそ 洗い過ぎれば塩が抜け 洗わざればただ口曲がり ぬか喜びもつかぬ間に 茄子すべもなく混ぜ返し 運の月夜となりにけり

- 胡瓜思ひつきて

                       

「もっと健康が起こる」?

Attention-getting、eye-catchingは広告界の合い言葉だと言って間違いないでしょう。文法ルールを破るというのも一つの手。日本では「美味しいが恋しい人に」(自作かと 思えばヒット 十あまり)のような形容詞主語的キャッチはごまんとあり、英語圏でもたまに次のような作品が登場します。

よく見るとmakeの目的語にもなっている。形容しがたいワードアドベンチャー。

残暑お見舞い 紫蘇に一句とリムリック

残暑あるいは猛残酷暑中お見舞いを。
しばらく前、気温上昇につれ、べランダの紫蘇を一枚、また一枚と食したくなったのは、その味が「涼」につながるという想いからだったのか。チキンサンドにまで紫蘇を載せてしまったことも。美味しい。葉が増えるのを汗にじませて待っている頃を想って一苦。梅にも感謝しつつ。

紫蘇一葉 一葉毎の 暑さ哉

リムリック limerick は詩人エドワード・リアが広めた詩作法で、脚韻は
   AABBA
 一行目に主人公が紹介され、その人物の住む地名が来ることが多く、内容はナンセンスに徹したもの。最後の行で脚韻を苦しく踏むところも味噌。risqueというかbawdyなものも多く、映画『ジョーズ』ではロバート・ショーが詠んでいます(彼は『ロシアより愛を込めて』以来のファンで誕生日が同じことも嬉し)。
 リアはアングルを変えて試作し、子供まで巻き込んだことが偉業。歴史にその名を残しました。(この巻き込み手法はルイス・キャロルへの影響の大きな部分を占めているのかも)
 小生も太古に彼のA Book of Nonsenseをイラストと共に愛読しました。ここで一葉さんに因んで一苦。

There was an old man in Tokyo,
Who said, “I can’t live without shiso!”
 He filled his gar-den with it
 But he wasn’t quite done with it.
He even grew some shiso on his see-saw!

東京にある老人がおった
「紫蘇なしでは生きられん!」と言った
 庭をそれで一杯にし
 でもそれで終わらずに
紫蘇をシーソーの上でも育ておった!

リアのリムリック群は

http://www.gutenberg.org/files/982/982-h/982-h.htm