中学で学んだ英文で、すでに英語の代名詞(英語文法の代名詞ではなく日本語の意味での)となっていたのがThis is a pen.でした。
現在、
This is a mask.
で始まるビデオをネット等でいくつか見ることができます。米国ではマスクがpoliticized(政治的に使われて・政治戦略化して)いることもあり、この「これはマスクです」のあとに、二大政党の見解が加わった説明があったりします。興味があればGo online!
This is not a mask.
というものもあり、どう持って行くのか興味があるという方はやはりJust go online. いずれにしても、何かの始まりとしての「This is a 何々.」は効き目大のようです。
それにつけても、This is a pen.で終わってしまった自分を思い出します。
思えば当時は「ペン」といえばボールペンでなく万年筆が主流。今はpenと言えば両者だがballpoint penが主流。Do you have a pen?と言われて、No. I have a ballpoint, though.という答えは聞かない。
巻き戻して、当時はpenが万年筆だったから中学一年には身近ではなく、That is a pen.ともいうべき距離感があり、It is my Dad’s pen.だった。
This is a pencil.だったらよかったかも。身近感(はは)はパワー。当時は鉛筆がエッセンシャルであり、This is a pencil. で始まっていたら、It’s my pencil. I have several pencils in my pencil case. This is one of them. Actually, this pencil is shorter than the others. It’s the shortest. But that doesn’t mean that I’m throwing it away. I’m going to use it till it gets too short to hold. Then I’ll use a pencil holder for it until I can write no more. などと、英語を学ぶにつれ書き進めていたかもしれない。万年筆も持たぬ中学生たちが、「これはペンである」と、哲学者のような1文を言い続けてイディオムにしてしまった私たちは皆「一文文法」の回路を持っているのかもしれない。待てば回路は滞る。
それにしても最近は静物すら慌ただしい。
Still Life with a Mask







