




台地に達するとは「上昇が止まる」、右肩上がりがストップして、その状態が続くことを意味します。
知事が州の状況を、
We have reached a plateau.
と言ったり、具体的に、
Covid-19 has reached a plateau.
と宣言したりしています。
英語の常として、名詞が動詞になる、動詞が名詞になる、ということが起こりがちで、plateauもその例にもれず、「台地」が、そのまま「台地する」となり、市長が
Our corona virus cases have plateaued.
と宣言したり、もう少し慎重に、
We seem to have plateaued for now.
I think we have plateaued for now.
と述べたりしています。
会話の際に台地にしたい表現です。

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????Every cloud has a silver lining. (黒)雲には必ず銀色の裏張りがある
????go seven weeks without またはgo for seven weeks without
????for first timeよりfor the first timeが良いが、見出しには冠詞は省かれることが多い
????「for the first time sinceいついつ」のパターン要覚
タケノコを自分で料理するなど考えてもみなかったとはいわないまでも、考えてもやってみることはなかったところに、この度料理してしまったのは、友人が送ってくれたからだ。
学校のバスケット部に数ヶ月いて辞めた身でこう言うのも何だけれど、bamboo shoot(タケノコ)と聞くと、フリースローだけでもうまくなろうと思い、 誰もいないコートで ループをにらんではボールを投げていた高校生を思い出す。ボールが金属にぶつかる音や網を通過する音が聞こえてくる。
タケノコのshootは「芽」だが、自分のシュートは伸びなかったなあ、といえば駄洒落になる。かっこよくシュートを決めたかったタケノコとだったのであって、それが決まらず英語部に移った。
料理は味と食感と見た目の記憶をベースにレシピを見ないで作れるようになりたいと思っていた不精者は、現在は少し変わって、「レシピは1読だけしてあとは見ない」とか「グラムやカップは無視して目分量」といった誓いを立てている。「毎回変わっていいじゃないか」と思っている。Keep tasting the food while cooking it. 味見を何度もすればいい。
今回は短時間で終わったが、少し味が濃かったので鍋に水を足して少し放っておいたら薄くなりそれらしくなった。

長く生きてiいると言葉の意味が変わって驚くことがある。そのひとつがheroヒーローという言葉だ。
ごく最近までheroは「勇気ある男性」という中心的なイメージがあり、大方の英和辞典もそう記していた。
現在英語のheroはgender-neutral term(性別無しの言葉)になっている。(heroineは通常、物語の女性主人公を指す。)
例えば、医療関連の人々をはじめ、必要不可欠な仕事に従事されている方々は皆ヒーローである。
unsung heroes(うたわれぬ英雄達)
というフレーズがある。「縁の下の力持ち」という定訳もあるが、
Essential workers are heroes!
とうたいたく候。
「欲しがりません勝つまでは」は、大戦時下の標語のひとつで、収束後しばらく経って子供に成長した私の耳にも残っている。まだ何かの拍子に親の口や世の中にひょいと出てくるものだった。今なら「外しません、勝つまでは」だろう。マスクといえば戦下の英国にはAlways Carry Your Gas Maskというスローガンがあったようだ。ガス爆弾の空襲を恐れたものだ。そしてもうひとつ、
Keep Calm and Carry On
が、その奇異な運命と共によく知られている。
Keep, calm, carryの3語が頭韻を踏んでいて 覚えやすい。
carry onは英国語圏で大変よく使われる「続ける、そのまま進む」という意味の句動詞である。
ただ、これを刷ったポスターはほとんど世に出ず、2000年に英国で“発見”されてから、「Keep calm and ナニナニ」というパターンが大ブームとなり今日全英語圏に定着している。「慌てず・・・せよ」「落ち着いて・・・しよう」というニュアンス。
これを現在の世界大戦にあなたならどう応用するだろうか。
そこで一句。
Bob Dylanは”Tangled Up in Blue”でKeep on keeping on.と詩っている。真似っこ詩人は4語の頭韻含みで。
Keep Calm and Keep on Carrying On
あれは風雲バブル膨張紀。日比谷公園向かいに立つ大ビルディングでの企業ビジネスコースの一環としてお願いしたノックノックジョークの宿題に揚げ豆腐で答えた方がいた。
Knock, knock.
Who’s there?
揚げ豆腐.
揚げ豆腐 who?
揚げ豆腐. (I get off.のようだ)
「掘った芋いじるなー」が、What time is it now?として光り輝くあの懐かしい世界からの借用だったような。
ただ、掘った芋も揚げ豆腐も、ノックノックジョークのルールにはわずかに違反する。
もう一声、がないのだ。
I get off here.とかWhat time is it now? Can you tell me?と、一言二言加えなくてはならない。あの
鴨志田 who?
鴨志田n! Come on! Sit down!
のように一言ならぬ一音でもよい。
ノックノックジョーカーを目指す方は、このちいさな“努力”が大切。
ちなみに揚げ豆腐の君は、コースを降りることなく、美事に卒業された。
では最後にビジュアルノックノックを
Knock, knock.
Who’s there?
揚げ豆腐.
揚げ豆腐 who?
揚げ豆腐 and chicken’s done!

ノックノックになりませんでしたが、鶏腿、若布、葱、人参。It’s … a knockout! Makes a meal with rice.
数字を読み聞く日々。主語をweにすると自分の地域・町・県・国になり、「at 数字」で「その数字のところにいる」ということ。Weがそういう意味だと互いに了解している文脈ならシンプルに
Yesterday we were at 50. Today we were at 5.
と言えます。こんな日が早く来るよう。
「不要不急の」という、利益を上げない鉄道路線を表す、世界大戦争下で使われたフレーズが復旧した。対義語は「不要不急でない」のようだ。現状でこれに当たる英語は、essential「必要不可欠の」という形容詞が主流で、non-essentialと対を成して使われている。他の外来語と一緒に「エッセンシャルな目的以外の外出を控える」という言い回しはまだない。カタカナ語としてインパクトが弱いのかもしれない。英語の勉強を思い出す人も(物凄く)多いのではないだろうか。
英語では現在このように使われている。
Stay home except for essential purposes 必要不可欠な目的以外は在宅するよう」
言い換えで
It is essential that everyone just stays home.
あるいは
Refrain from non-essential outings.
また、
essential worker 必要不可欠な職業従事者、必要不可欠な仕事をしている人
あれは遠い飛鳥の頃の自分だったろうか。学び徒のための辞典の名から覚えたessential。それが現在、人類にとって日々essentialな存在になっている。