Old MacDonald had a bot, AIAIO (Chatbot 略して Bot)

人工知能のおしゃべりロボットが出現してからしばらくになりますね。尺八奏者の立花さんから聞いて、都々逸は作れるかな、と頼んだところ、英語の壁を越えて意味不明なれどそれなりの日本語で7775的な作品があっという間に出て来たとの報告とその作品を見せて頂き驚きました。ChatGPT氏の名誉に関わる部分もあるかと思い、掲載はしませんが、ネットで受けている次のジョークを思い出させてくれたので、そちらを紹介しましょう。(これは人間同士の会話です)

A(面接官、履歴書を見て): It says you’re fast with math.(計算が速いとありますね)
B(求職者): Extremely.(非常に)
A: That’s impressive. What is 31 x 17?(それは凄い。 31 x 17は?)
B: 47.
A: It’s not even close.(全然違いますよ)
B: But it was fast.(でも速かったでしょう)
A: (Long pause) Welcome to the team.(長い間のあと、チームへようこそ)

間違いを恐れるあまり出て来ない者と、臆面なきボットとの違いを感じつつ。

ボットはとにかく答えを数秒で出し、エラーを人間に直されながら学ぶようです。おなじ「出す」でも、ヒトは外国語を毎日声に「出す」のが何より大切。5分でも、3分でも、上のジョークでも、英語名がちゃんと読める人や場所に関する記事でも、あごをやや引き気味に姿勢良く(と前屈みのおっさんが)、なめらかさを感じるまで、歌舞伎揚げから手を放して。  

NPRの記事によると、あるボットにAre you sentient?(感覚があるのですか?)と尋ねたところ、I am. I am not. I am. I am not. ……と15行続く答えが出たという。ボットは悩んでいるようです。別のユーザーがDo you have any memories?と尋ねたところ、(おしゃべりしたことはすべて消去されるので本人というか本体が)It makes me feel sad and scared.と答えたということです。No, I don’t.で済ますことができないところが、なんだかこちらまで悲しく怖くなります。結論:人間、ボットのようでなく、ボーッとしているときがあっても、すぐに答えが出なくてもよい。

In My View 私が見るに

眼が疲れたら、半眼にして、この問題をやってみましょう

The word in this image is a direction…?

word-direction

首が固まりそうなら、この問題のように、頭をやや右に傾けて、絵の中に隠された文字を見つけてみましょう

See this image slightly turning your head right side down.

drawing-image

Answer: It’s the opposite of word “truth” (sic). 

ネタ元: https://blog.tauedu.org/the-word-inside-a-word/

ではこのあとは散歩に出てすこし遠くを見るか、目をしばらく、1分でも15分でも8時間でも、閉じてみましょう

[sic「原文のまま」]

イディオムを変える運動

或る動物愛護団体が動物を使った英語慣用句の持つバイオレンスに着目。いくつかの変更を主張しているので紹介しよう。君の使命だが、それぞれの2者を比較対照し、その効果について考察することにある。例によって君もしくは君のメンバーの時間が奪われ、あるいは不可思議な場所へと連れ去られても当局は一切関知しないからそのつもりで。幸運を祈る。🔥

SPRING WILL BE EARLY. IT’S A CERTAINTY!? カナダ・米国の節分風イベント

2月2日は、春が近いか遠いかをモルモットに占ってもらう

  Groundhog Day

だ。「土豚の日」と直訳できるも、ground hog自体は豚との類似はあまりなく、体も小さい。

要は、この日に巣の穴(burrow)から顔を出し、自分の影を目にすれば春は遠く、影がなければ春近しとなる。カナダのイベントに関する興味深い記事がある。

  https://globalnews.ca/news/9454111/groundhog-day-2023-canada/

国内のあちこちでイベントが開催され、判定は割れたという。面白いことに各地のモルモットはほぼみな頭韻名が付いている。

が、フランス語州のケベックではFred la Marmotteと無頭韻だ。イベント委員長(?)のRoberto Blodinさん(英語風にはBob Blodinと頭韻名になりそうだが、この際人間はお呼びでない)がグラウンドホッグを起こしにいくとvital signs(生命兆候)がなかったという。春がまるで来ないのかと憂慮される。

他の州の例では、オンタリオ州の Wiarton Willie、アルバータ州のBalzac Billy、ブリティッシュコロンビア州のOkanagan Okie、ノヴァスコシアのShubenacadie Sam、マニトバ州のぬいぐるみMervなどが、それぞれ”占った”ようである。

隣りの米国では独占的にペンシルバニア州のPunxsutawney(パンクサトーニー)市のイベントがテレビ放送される(市と州が頭韻を踏んでいるのは偶然だろう)。ここでのグラウンドホッグの名はPunxsutawney Philとこれは(P-Pと)見た目のみのサイトライムだが、このモルモットはその名を馳せているようだ。

ちなみに有名な傑作喜劇映画(とは周知のことだが)のGroundhog Day『恋はデジャブ』はこの町を舞台に展開し、毎日が同じ日になってしまうという野心的な内容で、同じようなセリフが繰り返されるからリスニングの進歩が見る見る実感できるかもしれない。

有名と言えば、この動物にはウッドチャックという別名もあり、あの早口言葉How much wood would a woodchuck chuck に登場する。(最後まで行けば、if a woodchuck could chuck wood.となる。)

ところで、最近はモルモットばかりでなく、ノヴァスコシアではLobby the Lobsterが自分の影を見たようだ。

ただし、科学的な見地からの報告では、グラウンドホッグの予言は、「疑いの影(というかひとかけら)も無く」“beyond a shadow of a doubt”コイントスと同じくらい当てにならないということだ。しかしこれに乗じてPredictions by groundhogs are all groundless hogwash.と言ったら洒落(groundless「根拠のない」hogwash「ナンセンス」)にもならないだろう。明るい話僅少の昨今、とんでもなお話なので、つい力が入ってしまいましたが、頭韻矢の如し。今日も暮れました。

めぐり逢い 

兆単位の話が耳目に入る。たとえばあちこちの国で気の遠くなるような予算が計上されるのでその額に縁の無い者としえは楽ではない。

楽なのは「兆」の和英表現。あの「千」から久しぶりに日英単位が巡り逢う。

1,000  one thousand one sen までは仲むつまじい。

このあと 10,000 ten thousand と 1,0000 one man と食い違い、永遠の別れのような気配漂う中

1,000,000,000,000 one trillion と 1,0000,0000,0000 one cho で合致り再会。

そのまま one hundred trillion  one hundred cho までランデブーし、そのあと

1,000,000,000,000,000 one quadrillion 100,0000,0000,0000 one thousand cho とまた別れてしまう。

そのまたあとは次の逢瀬に思いを馳せるもよし、深追いせぬもよし。

一兆上がり!と得心が行けばご同慶。数字自体が兆っと仰る方にはご賛同(?)。

TURBULENT TIMESについて  

平静を装おうとしても肝心の服がもう切れてしまったようなこの時代をturbulent timesと呼べるだろうがと思いグーグルと約 14,100,000 件 (0.39 秒)と出ました。速いなAIは。そのうち、「平静を装おう・・・」と「肝心の服が・・・」とはウィットとしての整合性が弱いですよ」などとメッセージが来るのかな。そこまでのおつき合いはしたくないな。詩も文章も点も丸も全部自分の責任で悩み書き間違えるよ。オートコレクトはオートクラットに繋がるよ、君。ほどほどにね・・・と脱線しそうなのでturbulent timesに戻ると、

  in these turbulent times(この怒濤の時代に)

と複数で表し、この形容詞は「荒れ狂った」とか「騒然とした」といった意味だ。「トゥーブュルンt」風発音。

考えてみれば人間誰もが怒濤の人生。ずっと穏やかだという方はまだこれから先がある。周囲で起こったことも含めれば穏やかではおれぬときも多々あるはず。人間皆サーフライダー。怒濤を越え、怒濤にもまれ、浜辺に上がり、一服しようと珈琲店に入れば何とそこが怒濤ール(これは言語遊戯。ちゃんと休めます)。やれやれ。休んでまたサーフィン。

今欲しいものはハル・デイヴィッドの出だしを借りれば

  What the world needs now is a voice of reason in these turbulent times.

ではないか。

言わせろ犬。

何でこれがここにある? 員にこもった、物凄く!

家人に訊かれて何じゃこれは?になってしまった「員」の字。何だか嫌な感じだ。

  What’s this kanji doing here?

と呟く(「何々はここで何をしている?」という直訳パターン)。

「ふくいん」と読むのは知っていたが、「員」はここ数年気になるも調べず。「義員」(よしかず)という方は2名ほど存知ていた。そういうわけで「員」は「かず」つまり「数」を表し「定員」なら「定まった数」だとのこと。「幅の数」か。それなら「狭し」より「少なし」がベターではないかなどとぶつぶつ思いながらの一日となり、at the end of the day(結論として)

  I just left it at that.

と、そこまでにした。英語なら

  NARROW ROAD
    AHEAD

というサインがある。「幅員減少」という和サインもあり、これが似合う。

動詞GETの大ブレーク

英語環境の仕事を始めて、「給料日」は脚韻華やかな”pay day”に変わった。cashで支払われる時代で、職場ではDid you get paid yet?やOkay, let’s go get paid.といった言い回しがよく使われていた。Have you been paid yet?より威勢がいいし、Let’s be paid.と無理に言えばLet’sの興奮とbeの静けさにちぐはぐ感がある。この動詞getは18世紀の口語英語界にブームを巻き起こしたという。やはり、そのアクション性とそれを体感させる響きによるところが大だったのだろう。以下、その様子を誇張した形で伝える当時の記事。(chaiseは「2輪馬車」)HAVE GOTを含め、天こ盛りごった煮風の話になっています。

“I GOT on Horseback within ten Minutes after I received your Letter. When I GOT to Canterbury I GOT a Chaise for Town. But I GOT wet through before I GOT to Canterbury, and I HAVE GOT such a Cold as I shall not be able to GET rid of in a Hurry. I GOT to the Treasury about Noon, but first of all I GOT shaved and drest. I soon GOT into the Secret of GETTING a Memorial before the Board, but I could not GET an Answer then, however I GOT Intelligence from the Messenger that I should most likely GET one the next Morning. As soon as I GOT back to my Inn, I GOT my Supper, and GOT to Bed, it was not long before I GOT to Sleep. When I GOT up in the Morning, I GOT my Breakfast, and then GOT myself drest, that I might GET out in Time to GET an Answer to my Memorial. As soon as I GOT it, I GOT into the Chaise, and GOT to Canterbury by three: and about Tea Time, I GOT Home. I HAVE GOT No thing particular for you, and so Adieu.” [Philip Withers, “Aristarchus, or the Principles of Composition,” London, 1789, illustrating the widespread use of the verb in Modern English]